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サイエンスへの招待/人工知能 vs. 脳 ラットが教える本質的な違いとは? | 広報誌「淡青」40号より

掲載日:2020年8月4日

人工知能 vs. 脳 ラットが教える本質的な違いとは?

第三次AIブームといわれる現代。製品を分解して構造を明らかにするリバースエンジニアリングの手法で脳研究を続けてきた高橋先生によると、知能の賢さには2種類あり、我々の脳と人工知能の間には本質的な違いがあるそうです。ラットの実験で見えてくるキーワードは「無駄」。脳の特徴を理解すれば、AIを無駄に恐れることも無駄ではない!?

高橋宏知/文
情報理工学研究科 准教授

 

「脳をリバースエンジニアリングする」という副題がついた著書『メカ屋のための脳科学入門』(2016年/日刊工業新聞社)は、工学部で行っている人気講義を書籍化したもの。2017年には続編も刊行済み

行動実験で活躍してくれるラットは、野生のドブネズミを改良して作られたモデル生物。2020年はもちろん子年です

賢さとは何でしょうか? 人工知能がさまざまな業界を席巻すると予想されていますが、そもそも「知能」とは何でしょうか? それは、脳に宿る賢さと同義でしょうか? これらの素朴な疑問に答えるべく、筆者は工学部機械系学科で脳の研究を続けてきました。

我々と同じように、ラット(ドブネズミ)も日々の経験に応じて賢く学習します。たとえば、特定の音の提示中にスイッチを押せば餌をもらえるという環境にいると、音提示中のスイッチ押し行動が次第に増えます。このような自発的な学習は、オペラント条件付けと呼ばれ、古くから調べられてきました。学習中の様子を観察してみると、どのラットも学習序盤では無闇にスイッチを押しますが、そのうち無駄なスイッチ押しをしなくなります。ラットにも個性があるので、こんなに単純な課題でも、個体ごとに成績はばらつきます。たとえば、学習序盤で好成績を残したとしても終盤で伸び悩む個体や、その逆に学習序盤でパッとしなくても終盤で一気に伸びる個体が散見されました。このような実験結果を眺めていると、賢さは少なくとも2つの軸で説明すべきではないかと思うに至りました。すなわち、最初に試行錯誤する能力とその経験から適切な解を見つける(最適化する)能力です。無駄を作り出す能力と無駄を省く能力と言い換えてもいいかもしれません。

この学習に伴う脳の変化を調べると、聴覚野で音に反応する領域は、学習序盤で広くなり、学習終盤には小さくなります。さらに詳しく調べてみると、音に反応する領域の大きさは、神経細胞の多様性と相関を示しました。つまりラットの行動と同様に、個々の神経細胞も、学習序盤には細胞ごとにさまざまな反応を示すようになりますが、学習終盤には無駄を省き、みな似たり寄ったりの反応になることがわかりました。

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音が鳴る間にスイッチを押せば餌が得られるオペラント条件付けを行った結果。序盤に好成績を残して(試行錯誤が得意)終盤に失速する(最適化が苦手)タイプ(青)もいれば、逆のタイプ(赤)もいます

学習を支える脳の特徴として、筆者の最近の関心は自律性です。脳は、入力無しでも自律的に(勝手に)活動しています。このような脳の自発活動は、熱ゆらぎ(雑音)から生じると考えられています。つまり脳は、常に無駄な雑音を作り出しながらも、その中で何とか情報処理しなければならない宿命を負っています。一方、人工知能で用いる計算機は、できるだけ雑音を排除するように設計されています。ここに、脳に宿る賢さと人工知能との本質的な相違があります。雑音を抑え込むことなく、熱ゆらぎと闘いながらも適切に動作する脳は、究極の省エネルギー技術のお手本となるでしょう。また、雑音から生じる自発活動こそ、創造力の源泉かもしれません。脳の賢さは、自ら無駄を作り出しながらも、その利用方法を見つけることにあるように思います。

何でも効率化が求められる昨今、人工知能は主に自動化の技術として重宝されています。一方で自発活動してしまう脳は、決して自動化には向いていません。脳の自発活動は、一見すると無駄を作り出しているように見えますが、そのような自律性こそ明日の幸せの種です。豊かで楽しい人生を送るためには、人工知能(自動化)の恩恵に与るだけでなく、脳に宿る賢さの源(自律化)も最大限に生かしたいものです。そのためには無駄を省く工夫だけではなく、無駄を許容する大らかさも必要でしょう。

学習による聴覚野の変化。純音に反応する領域(面積)が学習途上で拡がり学習成立後は小さくなっています(色は神経細胞が反応する音の周波数を示す)
 

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