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東大生、牧場を駆け回る 馬に乗り、牛の乳を搾り、子豚を抱っこする3日間の
「体験活動プログラム」

掲載日:2019年12月2日

母豚の周りに群がってミルクをねだる、ずんぐりとした子豚たち。その茶褐色の小さなけだものの愛らしさに、柵の外から興味深そうに見つめていた学生たちからは感嘆の声と満面の笑みがこぼれました。

「抱っこしてみますか?」と、先生が尋ねました。

豚の飼育担当の牧場作業員が子豚たちをひょいっと持ち上げると、待ちきれない様子の学生たちに1匹ずつ手渡します。優しく抱き止められ、腕の中で懐いてくる子豚に学生たちは目を輝かせました。人間の赤ちゃんのようにあやされているうちに、リラックスして居眠りを始める子豚もいました。

茨城県笠間市にある東京大学大学院農学生命科学研究科附属牧場(高等動物教育研究センター)で行われた体験活動プログラムにて、学生に抱かれるデュロック種の子豚

子豚を上手に抱くコツは、子豚の体を水平に保ち、体全体を支えてあげることです。子豚は少しでも姿勢が不安定になると動揺し、金切り声を上げ続けることで自身の不満を周囲に伝えようとします。こうした行動は何度か見られましたが、そのたびに先生が間に入って学生の抱き方を調節し、子豚が再び落ち着くまで優しくなだめていました。

東京大学大学院農学生命科学研究科附属牧場(高等動物教育研究センター)での体験活動プログラムの初日は、こうして始まりました。

茨城の田舎で畜産を学ぶ

体験活動プログラムは、東大の学部生に今までの生活と異なる生活様式や新しい体験に触れる機会を提供することを目的として、2012年より開始されたプロジェクトです。こうしたプログラムを通じ、学生たちは知のプロフェッショナルを目指す上で欠かせない創造力や表現力を育むことができます。2019年には約100件のプログラムの参加募集があり、その内容はロンドンの多国籍企業での就業から、沖縄のサンゴ礁のモニタリングまで多岐に渡ります。今回の高等動物教育研究センターでの3日間のプログラムでは、牧場にほとんど関わったことのない東大の学部生5名を対象に、現場での就業体験が提供されました。参加者の学生たちは牧場経営に必要なコストについて考えながら、最初の2日間は朝から晩まで牧場内の豚、牛、ヤギ、馬の世話を行い、3日目には地域の牧場を訪問します。

1949年に設立された高等動物教育研究センターは、東京大学農学生命科学研究科の附属施設です。同センターは東京から北東へ100km、笠間焼や合気道創設者の植芝盛平の旧居でも知られる茨城県の農村地域・笠間市内に位置し、36ヘクタール以上の敷地を有します。

高等動物教育研究センターは、畜産学の研究や家畜との交流を行う場であるとともに、教育農場としての役割も担っています。同センターのスタッフは年に平均20回のトレーニングセッションを開催しており、受講者は東大のみならず国内の他大学やタイの大学、日本装削蹄協会などの様々な団体から訪れています。セッションでは、畜産学や家畜衛生から搾乳や蹄のトリミング(削蹄)まで、幅広いトピックが扱われます。

「この牧場の魅力は、1種類だけでなく多様な家畜がいることです」と話すのは、同センターの日常業務の責任者を務める李俊佑准教授です。「今は牛、馬、ヤギ、豚がいますが、今後はニワトリも入れる予定です。他大学の牧場へ行っても、これほど多くの種類の家畜と触れ合うことはできないでしょう」と李先生は述べ、ここでは1ヵ所で様々な家畜と身近に接することができるために、学内外からの関心を集めていることを説明しました。

高等動物教育研究センターの納屋とサイロ

1日目-豚のお世話

よく晴れた9月のある日の昼前、5名の東大の学部生が電車に乗って笠間市の岩間駅へとやって来ました。李先生が彼らを出迎え、約6km先の牧場まで車で送ります。現地に到着すると、学生たちは敷地内の宿泊施設で荷を下ろし、昼食を取りました。その後、彼らは作業着一式を受けとり、着替えてから除染エリアで長靴を履くよう指示されました。そこから豚舎へと移動します。

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牧場に入る前に長靴を洗浄する学生たち。動物にとって有害な病気が持ち込まれることを防ぐため、牧場に出入りする際は全員が長靴を着用し、十分に洗浄する必要がある

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除染エリアに掲示された標識。豚コレラやその他の伝染病を予防するための適切な洗浄・消毒プロトコルが記載されている

学生たちは、豚の給餌やブラッシングのほか、家畜のふんをシャベルで掃除する仕事を任され、このときに先ほどの子豚たちを抱くことができました。ここではヨークシャー種やデュロック種など、様々な品種の豚約50頭が飼育されています。豚たちは大騒ぎの学生たちに注目されることを楽しんでいるようで、むしゃむしゃと満足そうに餌を頬張ったり、水場を転げ回ったりしていました。

デュロック種の豚をなでる李俊佑准教授。デュロック種は1880年代初頭に作出された米国原産の家畜豚の品種

2日目-牛と、ヤギと、馬と…

朝7時に朝食を済ませ、再び作業着に身を包むと、学生たちは長い1日へと向かいます。この日は牛、ヤギ、馬の世話のほか、農機具の操作も行う予定です。最初に行うのは、乳牛の搾乳です。搾乳には何段階かのプロセスがあり、はじめに牧場の獣医が手本を示しました。学生たちは交代で牛の乳房を拭いてから予備搾乳を行い、搾乳機を取り付けていきます。その後、牛の給餌、納屋の掃除、牛の体重測定を行いました。

牛を体重計に乗せる学生。家畜の定期的な体重測定は、健康上の問題を把握するのに役立つ

次に、学生たちは重機が保管されているエリアへと案内され、そこで2名の牧場作業員からパワーショベルとトラクターの操作方法の講習を受けました。学生たちは交代でパワーショベルを運転し、伐採されたばかりの木の幹を掘り起こすための穴を掘りました。最初はたくさんの多方向レバーの扱いに戸惑ったものの、すぐに操作を覚え、巧みに穴を掘り進める学生もいました。

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パワーショベルを運転する船渡勇吾さん(工学部3年)

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牧場作業員の監督の下、畑の中でトラクターを運転する上條みのりさん(理科二類1年)
写真提供:李俊佑准教授

次はヤギ舎です。学生たちはオレンジ色の大きなスコップで干し草をかき集め、柵に沿って設置されたエサ箱へと移していきます。ヤギたちは興奮してエサ箱に殺到し、干し草が地面に落ちる前に食べようとするあまり、頭から干し草を被っていました。干し草を集める作業が終わると、次はヤギを集める番です。先生の指示の下、学生たちは1人ずつ柵の中に入ってヤギを抱き上げました。ヤギたちは最初は緊張していたものの、学生たちの腕でしっかりと抱かれると次第にリラックスしていきました。子豚に比べるとヤギはかなり大きく、体重も重いため、長時間抱いているのは大変だったようです。

子ヤギを抱く学生たち。左から、茂木麗奈さん(医学部3年)、
百濟美紅瑠さん(薬学部2年)、上條みのりさん  写真提供:李俊佑准教授

作業員からは、ヤギに薬を投与する方法についても解説を受けました。餌の中に薬を混ぜて与え、薬を飲んだヤギには絵具で印をつけていきます。その後、蹄のトリミングの実演がありました。これはヤギなどの有蹄類の動物にとって、足元や脚部の健康維持のために欠かせない作業です。

蹄のトリミングを実演する牧場作業員。ヤギなどの有蹄類の動物にとって、足元や脚部の健康維持のために欠かせない作業

船渡さんが乗った馬を引いて、柵の中を一回りする百濟さん

この日、最後に向かった先は厩舎でした。ここには全14頭の馬がおり、その品種は牧場での馬の交配と調教の歴史を反映して、南米のクリオージョ種数頭、フランスのセルフランセ種1頭、ドイツのハノーバー種1頭、アイリッシュ・ドラフト種1頭、引退した競走用サラブレッド1頭などが含まれます。学生たちは数頭を厩舎に連れ戻し、馬ごとにカスタマイズされた配合の飼料を用意しました。続いて、学生と馬たちは、乗馬用のウェアや用具を身に付けました。この日は暑く、既に多忙な1日を過ごしてきたものの、乗馬ができるとなると元気が湧いてきたようです。2名の作業員の支えを受けながら、学生たちはペアになって交互に馬の背にまたがり、手綱を引かれて柵の中を歩き回りました。馬を速足で進めると、学生たちは東京ではなかなか体験できない機会に恵まれたことに大喜びしていました。

乗馬を終え、馬たちに干し草を与えると、学生たちは肉を中心としたバーベキューの夕食を楽しむために宿舎内の共用エリアへと戻りました。メニューの中には、栗を飼料として飼育された「栗豚」もありました。この栗豚は、李先生と牧場スタッフが開発に取り組んできた品種です。学生たちは栗豚の肉と通常の豚肉を食べ比べ、栗豚の肉のほうが食感がより滑らかで、風味が強いように感じたと話しました。

3日目-牧場の思い出を胸に

茨城県鉾田市の「菊地ファーム」にて、タブレット端末で攪拌タンクのモニタリングを行う菊地優さん。
彼の牧場ではコンピュータ技術を使って飼料を適切に配合している

牧場に関する見識を深めるため、プログラム最終日は高等動物教育研究センターを離れ、茨城県内の畜産農家二軒を見学しました。最初に訪れたのは、同センターから40kmほどの距離にある鉾田市の養豚場「菊地ファーム」です。オーナーの菊地優さんは学生たちに養豚場を案内し、そこで飼育されている2,000頭以上の豚の飼料と廃棄物の管理方法について説明しました。その後、地元のレストランで昼食を取ると、李先生は学生たちを小美玉市にある酪農場「パイオニアファーム」へと連れて行きました。酪農場の代表者の朝倉修一さんからは、若い子牛を含むたくさんのホルスタイン種の乳牛を紹介してもらい、学生たちはスウェーデン製の自動搾乳ロボットが動作する様子を見学しました。

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茨城県小美玉市「パイオニアファーム」にて、学生の指を舐める子牛。子牛は本能的に、乳房に似たものは何でも吸おうとする

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「パイオニアファーム」の自動搾乳ロボットで搾乳される乳牛。乳牛は搾乳の準備ができると自発的にロボット内に入り、搾乳が終了すると自発的に出ていく

近隣畜産農家の見学を終えると、学生たちは高等動物教育研究センターに戻り、この3日間で学んだことについての報告を行いました。李先生はプログラム開始時に学生たちを2グループに分け、豚と牛の飼料コストについて考えるよう指示していました。学生たちは、附属牧場と畜産農家で聞いた質問をもとに大まかなコストを試算し、先生と他の学生たちに計算結果を披露しました。

学生たちによる豚・牛の飼料コストに関するプレゼンテーションについて議論する李准教授

プレゼンテーションが終わると、プログラムの終了のときが近づいてきました。全員が荷物をまとめ、先生の運転するバンに乗り込んで駅へと向かいます。数時間後には学生たちは茨城を離れて日常生活へと戻っていきますが、プログラム中に体験した出来事は間違いなく彼らにとって忘れがたい記憶となり、以前にはなかった農業と畜産学に対する理解や認識をもたらすでしょう。

上本慎子技術職員(左端)、長谷川茂樹特任専門職員(右端)とプログラムに参加した学生たち

取材・文:ウィットニー・マッシューズ

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