サイエンスへの招待/ロボットを創ることで人を知る 広報誌「淡青」42号より
ロボットを創ることで人を知る
人はどのようにして知能を獲得するのか。この究極の問いに迫る方法の一つに、人のように発達・学習するロボットを創るという手法があります。創ることによってその仕組みを理解する、認知発達ロボティクスと呼ばれる研究です。2017年創設の国際研究機構で「予測する機械」の原理に迫っている長井先生が、その一端を紹介します。
私たちは、脳の機能を真似た人工ニューラルネットワークと、それをもとに環境と相互作用するロボットを用いて、人の認知発達の仕組みを研究してきました(図1)。人の脳は「予測する機械」であると言われています。視覚や聴覚などの感覚器をとおして受け取る信号は、脳においてそのまま知覚されるのではなく、脳が過去の経験や知識をもとに感覚信号を予測し、その予測信号と統合されて認識されます。例えば、皆さんも経験したことのある錯視の一部は、この予測機能によって生じると考えられています。脳が知覚を歪めているのです。
しかし、予測の効果は悪いことばかりではありません。予測ができることによって、人は一部しか見えない物体から全体を想像したり、他者の表情や動きからその人の気持ち(意図や感情)を推し量ることができます。また、認識された物体や他者に対してどう働きかけるべきかも、予測機能が司っているのです。例えば、椅子に対して座るという行動や、困っている人を見て助けるという行為を生成できるのも、予測機能のおかげです。
私たちは、この予測機能がいつごろ獲得されるのか、そしてそこにはどのような個人差があるのかを、ロボットの実験と子供の実験を比較することで調べてきました。子供の好きなお絵かき課題を用いて、物体の一部の特徴から全体を予測できるのか、そして足りない特徴を描き足すことができるのかを調べました。
すると、ロボットでは予測機能をバランス良く獲得したものだけが、高年齢の子供のように、絵を完成させることができました(図2)。また、ロボットの予測機能を弱くしたり強くしたりすると、異なる描画行動が現れました。予測機能が未熟であると、ロボットはなぐり描きをするようになり、予測機能が過剰であると、呈示された絵に関わらず、いつも同じ絵を描くようになったのです。似たような描き方は、低年齢の子供や、一部の子供の描画にも現れています。つまりこの実験から、予測機能をバランス良く獲得することが人の知能の発達の基盤にあり、そのバランスの変化が個性につながることが分かってきたのです。
私たちはこの考えを拡張することで、自閉スペクトラム症などの発達障害が生じる要因も解明できるのではないかと考えています。自閉スペクトラム症の人は社会的なコミュニケーションの難しさだけではなく、光や音に対して敏感な感覚過敏をもつことが多いと言われています。そして、この感覚過敏は、脳の予測機能のバランス不全によって生じると指摘されています。私たちは発達障害を抱えた研究者と一緒に、感覚過敏がなぜ起きるのか、見え方・聞こえ方が変わることで行動にどう影響するのかを、体験型シミュレータや人工ニューラルネットワークの開発をとおして調べているところです(図3)。
このような研究をとおして人の知能の原理を理解し、個性を生かした社会づくりに役立てたいと考えています。