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ダイナミックな海洋法の世界/西村 弓 科学を含めた海利用の国際ルールとは?

掲載日:2021年11月9日

海と東大。
すべての生命の故郷にかかわる研究・教育活動集

あらゆる生命の故郷であり、地球の生物の生存を支えている海に関する科学を世界で進めるための「国連海洋科学の10年」。2021年はこの大きなキャンペーンがスタートした年です。そして東大は今年、海とともに歩んできた科学者を新総長に迎えました。工学、物理学、生物学、農学、法学、経済学……。様々な分野の事例が映し出す東大の海研究と海洋教育の活動について紹介します。
科学を含めた海利用の国際ルールとは?

ダイナミックな海洋法の世界

西村 弓/文
総合文化研究科教授
NISHIMURA Yumi

国連海洋法条約に明文規定がない問題が日々発生しています。COVID-19感染者を乗せた外国船の入港は規制できるのか、遠い海で自国船が襲われたらどうすべきか、CO2を海底に埋めていいのか……。海の国際ルールの概略を国際法が専門の西村先生が解説します。

煙突に銀杏と「T」を冠した学術研究船「白鳳丸」の船籍は日本です。写真:濵﨑恒二(大気海洋研究所)
図1:領海・排他的経済水域等模式図
1海里は地球の緯度の1/60°=1.852km
出典:https://www1.kaiho.mlit.go.jp/JODC/ryokai/zyoho/msk_idx.html

海の利用には国際的なルールが必要です。私の専門は国際法ですが、その一分野に海洋法が存在します。海洋法では、海は沿岸国の主権下の海域(港内などの内水・領海)及び資源の利用・管理等について沿岸国が特別の権利を持つ海域(排他的経済水域・大陸棚)と、いずれの国の主権や主権的権利も及ばない国際的な海域(公海・深海底)に大きく区別されます(図1参照)。

各海域における基本的なルールは1982年に採択された国連海洋法条約が定めていて、条約をめぐる国家間紛争を裁く国際海洋法裁判所も設立されています。しかし、明文規定がない新たな課題も日々発生します。例えば、沿岸国と他国の利害調整が問題となる前者の海域に関して、COVID-19流行下で内水への外国船の入港規制ができるか、福島原発からの処理水の海洋排出は適法か、中東情勢との関係でホルムズ海峡の通航の安全をどう確保するか、近隣国との間で重複する大陸棚の境界画定はどのように行うのか、境界未画定海域で一方の国がガス田の開発をすることは許されるのか等々の問題を耳にしたことがあるかも知れません。

他方、後者の国際的な海域については、誰がどのように管理するのかが問題となります。船舶の国際航行はいずれかの国の船籍を得た上で可能となり、公海上の船舶の活動については基本的に船籍国(旗国)のみが管理します。複数国からの干渉を排して国際航行の円滑性を確保しつつ、旗国による管理を通して公海秩序を維持しようとする工夫です。でも、例えばソマリア沖で自国船が海賊に襲われているとき、旗国が直ちに現場に駆けつけることは難しい。さらに、税金等が安く各種規制が緩い国が旗国として選ばれる傾向もあり(例えば、日本の商船について図2参照)、自国との実質的な繋がりを欠く便宜置籍船に対して旗国は往々にして取締りの意思や能力を欠きます。魚の乱獲や海洋汚染を防止するために、漁獲量や排出の制限に関する各種の国際条約が採択されていますが、旗国による取締りがなされなければ絵に描いた餅です。ではどうすれば規制の実をあげられるか、工夫が必要となるところです。また、科学技術の進展に合わせてルールの改正や策定も必要となるでしょう。温暖化対策のためにCO2を海底に埋めたり、鉄を大量に散布してクロロフィルの生育を促すことは許されるのか。新薬開発のために深海生物の遺伝情報を利用することはどうでしょうか。

法学と聞くと無味乾燥な条文の羅列(?)を想像するかも知れませんが、科学の発展や変化する利害関係を考慮に入れ、国家実行を分析し、制度の趣旨目的に照らして、国際法の全体的枠組みとの整合性を保ちつつ、様々な海洋利用をどのように規制し調整することが適切かを、条文の解釈や新ルール策定の基盤の明確化を通して考える国際法は意外にダイナミックな学問なのです。

ハンブルクにある国際海洋法裁判所。創設時の裁判官を務めた山本草二判事、2011年から3年間裁判所長を務めた柳井俊二判事は、本学法学部の卒業生です。写真:(cc)Wmeinhart
 

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