研究者が薦める映画.2 『日本沈没』/地球物理学者・木下正高
東大の様々な分野の研究者12人に、各々の専門分野の観点からお薦めする作品を紹介してもらいました。映画を鑑賞する際の手引きとして、また、各研究者が進める学術への興味を高めるきっかけとしてご覧ください。
『日本沈没』
地震学への関心を高める優れた思考実験
本作を観たのは中学の頃です。小松左京の原作も読み、青雲の志が滾りました。地球物理学を知ったのは大学に入ってから。私の師匠の上田誠也先生はプレートテクトニクスの第一人者で、日本で地震が多い原因はこれか、と沸き立ったのを思い出します。06年版は掘削船「ちきゅう」の航海中に船上で観ました。核爆弾を地中に埋め、プレートをちぎって沈没を防ぐという話で、主人公と「ちきゅう」が大活躍。21年のTV版は『シン・ゴジラ』的でしたね。総理役でいうと73年版の丹波哲郎が一番魅力的でした。
3作では沈没のメカニズムが違います。73年版ではマントル対流。対流の形が変わることで沈み込む場所が移るというチャンドラセカール説が下敷きです。06年版では地殻下部が分離して地球内部へ落ちる「デラミネーション」が鍵。21年版のキーワードは、地球温暖化と、プレート同士の結合が緩んでごくゆっくりずれる「スロースリップ」です。実はこの現象を約20年前に発見したのが地震研の小原一成先生。非常にゆっくり滑る地震なので普通の地震計ではわかりません。日本の優れた観測網あっての成果でした。近年は世界で観測が進み、巨大地震発生のヒントと目されます。映画が学問の時代ごとの進化を映しています。専門的には、スロースリップは「スロー地震」と総称される現象の一つですが、作品のおかげでスロースリップは広く知られました。地震研究にとって重要な作品です。
日本列島沈没は科学的にはありえないですが、そこを割り切れるのが映画の醍醐味。『日本沈没』は優れた思考実験です。日本人のアイデンティティが脅かされた際にどうするかが、一市民として面白い。災害や災害後の対策会議の表現も進化しています。20年後に最新版ができたらまた新しい知見が入るでしょう。海底ケーブルの光ファイバー網が発展し、地殻変動でわずかに伸び縮みするファイバーの歪みを計測できるようになりつつあります。これを使えば地震計を設置せずにスロースリップを検知できるかも。ケーブル自体をセンサーにする発想です。天気予報のような地殻変動予報が登場して……そんな想像も促す名作です。