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研究者が薦める映画.8『メッセージ』/深野祐也・大栗博司

掲載日:2022年7月5日

UTokyo映画祭2022
東大の様々な分野の研究者12人に、各々の専門分野の観点からお薦めする作品を紹介してもらいました。映画を鑑賞する際の手引きとして、また、各研究者が進める学術への興味を高めるきっかけとしてご覧ください。
進化生態学者/素粒子物理学者 お薦めの一本

『メッセージ』

深野祐也
農学生命科学研究科 助教

FUKANO Yuya

 

宇宙人の言語から垣間見える進化の軌跡

私のお薦めは、2017年に劇場公開されたSF映画『メッセージ』です。世界各地に現れた宇宙船の飛来目的を探るため、米軍から依頼を受けた一人の言語学者が宇宙人と意思の疎通を図ろうとする本作。テッド・チャンの「あなたの人生の物語」というSF小説が原作の、ハードSFと呼ばれる、現実の科学ルールに基づいてきちんと描こうとしている作品です。

登場する宇宙人が言語として使うのが図像。円形文字を描きメッセージを伝えます。思考も時系列ではなく、同時的に理解します。つまり我々のように時間が流れるのではなく、過去も将来もワンセットで分かるような生き物として描かれています。生き物の性質を観察し、「なぜそうなっているのか」を考える進化生態学という学問を研究する私にとって興味深いのは、どのような文化や環境で生きてきた生き物だったら、そのような思考や言語を進化させるのかという点です。「なぜそのように進化したのか」と考えるときに用いるのが、理論に基づき数学を用いて予測する方法と「生き物の気持ちになって考える」という私がよく使うアプローチです。分かりやすい例が雌雄同体、そして風媒花(風で花粉を散布する)のトウモロコシ。花粉をなるべくたくさん飛ばすために雄は高い所で花粉を作りたい。一方、雌は低い位置で花粉をキャッチしたいという対立が起こります。一つの解決策として雄花と雌花が分かれ、上の方に雄花が、下の方に雌花があります。

このような考え方をする進化生態学者からみて、なるほどと思えたのが、宇宙人がタコのような姿で目が全面についていた点です。これなら前後の概念がなく、常にワンセットで考えるような思考方法が進化していても不思議ではないと思えました。

そしてもう1点。英国の進化生物学者のリチャード・ドーキンスが、他の惑星で人間とコミュニケーションできるくらい複雑な生き物がいるとすれば、それは自然選択によって進化したはずだと言っています。自然選択を発見したか、という点は宇宙人の知性の発達度合いを図る際に重要な基準になるはずなので、異星人と意思疎通を図る専門家チームの中に進化生態学者を入れるべきだと思っています。そのような事態があればぜひ私を呼んでください。

※所属や職名は2022年3月時点のものです。

©2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.
2017年 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー  Blu-ray 2,619円(税込) 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 動画配信:Amazon、U-NEXTなど
大栗博司
カブリ数物連携宇宙研究機構長

OOGURI Hirosi

 

科学の手法と醍醐味を伝える異星人交流譚

SFではよくある異星人遭遇ものですが、派手な戦闘シーンで魅せる作品ではなく、言語学者のバンクス博士が異星人の言語を理解しようと奮闘する話です。私は公開時に米国で観て、科学者が自然を理解しようとする際の試行錯誤がうまく表現されていると思いました。

ノーベル物理賞を受賞した朝永振一郎博士は、不思議だと思うことと観察することと謎が解けることを、科学の芽と茎と花に喩えました。バンクス博士のアプローチはまさにこれです。音や行動のどれが言葉かもわからない状態から対象をよく観察し、考えて謎を解く。異星人の言語の習得プロセスから科学の一つのモデルが立ち現れています。抑制の効いた主演の演技が効果的で、自分がやらなきゃという使命感と困難な挑戦に夢中になる様子が如実に伝わります。このままでは交流が進まないと思った博士が防護服を脱いで危険を顧みず異星人に近寄る場面は特に印象的でした。

劇中にも出てきますが、サピア=ウォーフの仮説というものがあります。思考はそれに使われる言語の影響を受けるという説で、言語学の世界では異論もあるそうです。でも、外国語を学んで考え方が広がるように感じることは確かにありますよね。バンクス博士も異星人の言語を習得する過程で世界の見方が変わっていきます。言語を学ぶことで思考が影響を受け、異星人の考え方に近づく。非常に面白いモチーフです。

もう一つ重要なのは、バンクス博士とともに異星人と接触する理論物理学者の存在と「フェルマーの原理」です。たとえば水中に入って屈折して進む光は所用時間が最短となる経路を取るということですが、これがストーリーにおいて大きな意味を持ちます。人間の言語や考え方は原因があって結果があるという因果律を前提にしています。しかし異星人の言語や考え方はおそらくフェルマーの原理に基づきます。つまり、時間は一次元的に直進するものではない。人は過去を思い出せても未来は思い出せません。これは実は不思議で、物理法則に依るなら基本的に過去と未来は対称のはずなのです。言葉で説明すると難しい話ですが、映画はその点もうまく表現しています。

様々な側面から科学者を強く刺激する一作です。

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