資源安全保障の危機に晒されている
金属材料は現代の生活に欠かせません。パソコンもスマホも自動車も金属なしには成り立ちません。しかし、資源に恵まれない日本ではそのほとんどが輸入頼み。
国際情勢の変化で供給が滞る危機に晒される日本が進むべきは、リサイクルと新たな金属材料の開発ではないか。
レアメタルや貴金属の精錬とリサイクルの研究に30年以上取り組んできた岡部徹先生が、研究と若手支援の重要さを訴えます。
貴金属リサイクルとチタンにかけた30年
日本は貴金属再利用大国

OKABE Toru H.
生産技術研究所教授
循環資源工学
自動車の排出ガス浄化触媒に欠かせないのは貴金属の白金(Pt)やパラジウム(Pd)などです。白金に有害ガスが吸着すると無害化されます。白金自身は変化も摩耗もせずに触媒として化学反応を誘因します。日本は世界中の廃車から排ガス浄化触媒を集め、白金をリサイクルしています。電子機器のプリント基板には多様な金属が含まれますが、一番価値があるのは金(Au)です。金属は酸化すると電気が通りにくくなるので、接触部には酸化しない金がメッキされています。日本は基板を世界中から集めて金や銅(Cu)を回収してきました。排ガス触媒や基板など廃品からの貴金属リサイクル技術が世界一の水準にあるのが日本です。資源が乏しいからこそ技術が進みました。
ただ、いろいろな物質が混ざったなかから貴金属を取り出すには困難が伴います。化学的に安定していて変化しにくいのが貴金属です。たとえば基板から金を取り出すには、青酸ナトリウムや水銀に溶かすと簡単ですが、環境を破壊することがあります。一般的な酸を用いて溶かす場合、ほかの物質が先に溶けて多量の有害廃液が生じ、金は最後に溶けます。最初に金を溶かす技術や有害物質を出さずに溶かす技術があれば、環境負荷が小さくなります。私は環境負荷もコストも時間もかけずに貴金属を取り出すやり方を研究してきました。簡単にいえば、高温で特殊な蒸気を使って金属を溶けやすくする方法です。長年の貴金属リサイクル研究が認められ、2023年に紫綬褒章をいただきました。


チタンをコモンメタルに
もう一つの柱はチタン(Ti)です。私は学生時代を京都大学の熊野寮で過ごし、授業に出ずに旅とバイトとバイク三昧。成績が悪くて一番不人気な研究室に自動的に配属され、師匠の小野勝敏先生から与えられたテーマがチタンの製錬でした。地殻中で9番目に多い元素で、日本の砂にも含まれます。ただ、酸化物の状態で存在するため、酸素を取り除く必要があるのが難点。私の研究室では、1700度の高温下でイットリウム(Y)やセリウム(Ce)などの希土類金属を用いればうまく脱酸できると気づき、効率よく低酸素濃度のチタンを製造する新技術を開発し、昨年Nature Communications誌で発表しました。
チタンは強くて軽くて錆びないのが特徴で、重さあたりの強度は金属材料で最大。航空、宇宙、深海など、特に強度が必要な分野で重宝されています。足回りからエンジンまで、航空機のボーイング787は重量の約14%がチタン合金です。羽田空港のD滑走路には1000tものチタンが使われています。建築でも需要が高く、潜在能力が高い金属ですが、1t作るのに100万円以上かかります。1t作るのに数万円の鉄鋼とは雲泥の差。チタンは、生産量が少ないため、今はレアメタルですが、将来、アルミニウム(Al)のように普及させてコモンメタルに変えるのが私の夢です。
非鉄金属製錬の分野は、学生人気が今も昔も低く、研究に取り組む人材が減っています。3Kのイメージがあるのか、本人が希望しても家族が反対するほど……。そんな現状に危機感を覚えて始めたのが、貴金属研究・若手育成支援基金です。資源に恵まれない私たちの国の未来がかかっています。



若い世代が貴金属研究を続けるには安定した研究・教育環境が不可欠です。未来につながる環境調和型リサイクルの実現をご支援ください。