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マウスモデルにおける牛由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスに対するバロキサビルの効果研究成果

掲載日:2025年6月24日

  • 2024年以降、米国の乳牛で流行している高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスに対し、抗インフルエンザ薬バロキサビル(ポリメラーゼ阻害剤)の早期投与が有効であることを示しました。
  • バロキサビルの投与開始を遅らせた場合、マウスにおいてその治療効果は低下し、一部のマウスからはバロキサビル耐性ウイルスが検出されました。
  • バロキサビルによる十分な治療効果を得るには、薬剤投与時期が重要であることが明らかとなりました。
 

​発表内容

東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター 河岡義裕 機構長らの研究グループは、マウスモデルを用いて、米国の乳牛由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスに対する抗インフルエンザ薬バロキサビルマルボキシル(注1; 以下、バロキサビル)の有効性を検証し、早期に投与を開始することが重要であることを示しました。

H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルス(注2)はヒトに感染することは稀であり、ヒトからヒトへと飛沫伝播は起こしませんが、ヒトに感染した場合には重篤な症状を引き起こすことがあり、50%程度の致死率を有します。2020年から現在に至るまで、H5N1亜型(clade 2.3.4.4b)の高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界的に流行しており、ヒトを含む様々な哺乳類への感染例も報告されています。2024年3月以降、米国の乳牛において高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスの感染例が報告されています。また、ウイルスに感染した牛の乳汁、体液を介したヒトへの感染例も報告されており、ヒトでのウイルスの感染拡大が懸念されています。抗インフルエンザ薬としては、現在、ノイラミニダーゼ(NA)阻害剤とポリメラーゼ阻害剤が使用されています。これまで、本研究グループは、マウスモデルにおいて牛由来H5N1ウイルス(TX001-H5N1)についてはポリメラーゼ阻害剤(バロキサビルおよびファビピラビル)の投与が有効であることを報告しました(Gu et al. Nature 2024)。本研究では、ポリメラーゼ阻害剤であるバロキサビルの効果について、さらに検証しました。TX001-H5N1を経鼻的にマウスに接種し、その1時間後、24時間後、48時間後または72時間後からバロキサビルの投与を開始し、それぞれ1日2回5日間経口投与を行いました。

ウイルス接種1時間後から投与を開始した場合、コントロールとして溶媒を飲ませたマウスは著しい体重減少を示し6日目までにすべて死亡したのに対し、バロキサビルを投与したマウスは体重減少を示さず、すべてのマウスが生き残りました。また、ウイルス接種後3日目、5日目の肺、鼻甲介、脳からはウイルスが検出されませんでした。

ウイルス接種24時間後から投与を開始した場合、コントロール群がすべて死亡したのに対し、バロキサビル投与マウスは40%生き残りました。また、ウイルス接種後3日目、5日目の肺、鼻甲介、脳におけるウイルス量もコントロール群と比べて著しく低下しました。

ウイルス接種48時間後または72時間後から投与を開始した場合は、バロキサビル投与群では、感染後のウイルス量が抑えられている臓器もありましたが、コントロール群およびバロキサビル投与群のすべてのマウスが死亡しました(図1)。
 


 
これまでに、インフルエンザウイルスのポリメラーゼ蛋白質の1つであるPA蛋白質の38番目のアミノ酸に変異 (イソロイシン(I)からトレオニン(T))が生じるとバロキサビルに対する感受性が低下することが明らかとなっています。そこで、バロキサビルで治療したマウスにおいて、耐性ウイルスが出現したか否かについて検証しました。

ウイルス接種1時間後からバロキサビルを投与した場合、体内でウイルスが増殖できないため、耐性ウイルスの出現リスクは低いと考えられました。

ウイルス接種24時間後、48時間後、72時間後から投与を開始した場合には、一部のマウスからPA蛋白質-I38Tを持つ変異ウイルスが検出され、バロキサビルに対する感受性が低下していることを確認しました(図1)。

以上の結果から、牛由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスには、バロキサビルを早期に投与開始すれば非常に効果的であること、投与開始が遅くなると有効性が下がり、さらに耐性ウイルスが出現することが、マウスモデルにおいて明らかになりました。本研究を通して得られた成果は、現在米国および世界中で流行しているclade 2.3.4.4bに属するH5N1鳥インフルエンザウイルスへの対策および、将来のインフルエンザウイルスによるパンデミック対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。本研究は6月20日、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に公表されました。

発表者

東京大学
国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕 特任教授/機構長
 兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長
   東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
 

研究助成

本研究は、東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センターが、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所、東京大学医科学研究所、米国ウィスコンシン大学の協力のもと実施し、塩野義製薬株式会社、日本医療研究開発機構(AMED)、新興・再興感染症研究基盤創生事業(中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))、ならびに新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(高病原性鳥インフルエンザウイルスに対する新規化合物の治療効果の検証)の研究費で行われました。

 

用語解説

(注1)バロキサビルマルボキシル(商品名:ゾフルーザ)
インフルエンザウイルスゲノムの転写・複製を担うRNAポリメラーゼの構成因子の一つであるPA蛋白質は、そのエンドヌクレアーゼ活性により宿主細胞mRNAからキャップ構造を含むRNA断片を切断する。この断片をプライマーとして、ウイルスのゲノムRNA(vRNA)を鋳型としたウイルスmRNAの伸長反応が開始する。バロキサビルマルボキシルの活性体は、ウイルスmRNAの合成に必要なPAのキャップ依存性エンドヌクレアーゼ活性を阻害することで、インフルエンザウイルスの増殖を抑制する。
 
(注2)鳥インフルエンザウイルス
A、B、C、D型の4種類に分類されるインフルエンザウイルスの中で、A型インフルエンザウイルスは、過去に世界的な大流行(パンデミック)を起こしてきた。ウイルス表面にある2つの糖たんぱく質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いにより、さらに細かく亜型が分類されている。現在までに、HAでは18種類(H1からH18)、NAでは11種類(N1からN11)の亜型が報告されており、本研究で対象としたH5N1はH5亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのことをいう。
鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスが原因となり生じる鳥の病気である。鳥インフルエンザウイルスは家禽に対する病原性を指標に、低病原性と高病原性に分類される。低病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した家禽は無症状か軽い呼吸器症状、下痢、産卵率の低下を示す程度であるが、高病原性鳥インフルエンザウイルスでは重篤な急性の全身症状を呈して、ほぼ100%の家禽が死亡する。
 

論文情報

Maki Kiso*, Ryuta Uraki*, Seiya Yamayoshi, and Yoshihiro Kawaoka¶, "Efficacy of baloxavir marboxil against bovine H5N1 virus in mice," Nature Communications: 2025年6月20日, doi:10.1038/s41467-025-60791-5.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

お問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕(かわおか よしひろ) 特任教授/機構長
兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長
東京大学 医科学研究所ウイルス感染部門 特任教授


〈報道に関する問合せ〉
東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター(広報)
https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/contact

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