感染ウシの牛乳中におけるウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスは、安定性が高いことを確認研究成果
- ウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染したウシの乳汁中ではH5N1ウイルスが4°C保存下では22週間以上感染性を有する。
- ウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスを、健康なウシの乳汁に添加した場合は4°C保存下では2~3週間で感染性を失うことから、感染牛の乳汁中に特有の安定化要因が存在することが示唆される。
- 感染牛の乳汁中のウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスは、63°Cで5分間の条件ではやや熱耐性を示すが、市販乳製品で一般的に行われる72°Cで30秒間による加熱殺菌では十分に不活化される。

発表内容
東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター 河岡義裕 機構長らの研究グループは、2024年3月に米国の乳牛で検出された高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルス(注1)の乳汁中における安定性について調べました。H5N1亜型(clade 2.3.4.4b)の高病原性鳥インフルエンザウイルスはヒトに感染した場合、重篤な症状を引き起こし、50%程度の致死率を有します。2020年から現在に至るまで、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界的に流行しており、ヒトを含む様々な哺乳類への感染例も報告されております。2024年3月以降、米国では乳牛においてH5N1鳥インフルエンザウイルスの感染例が報告されており、ヒトへの感性例も報告されています(注2)。ウイルスに感染した牛の乳汁中にはウイルスが排出されていますが、これまで河岡義裕機構長らの研究グループは、乳汁の熱処理殺菌によるウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス(ウシ由来H5N1ウイルス)の感染性の変化について報告してきました(Guan et al. NEJM 2024)。本研究では、これまで不明であった、乳汁中のウイルスの安定性について検証しました。
感染牛から採取した乳汁を4°Cで保存すると、ウシ由来H5N1ウイルスは最大22週間にわたり感染性を保ち、PBSや培地中とほぼ同等の高い安定性を示しました。一方、同じウイルス分離株を健康な牛の乳汁に後から加えた場合、ウイルスは2~3週間以内に検出不能となり、感染牛の乳汁特有の安定化要因が存在することが示唆されました。さらに、63°Cで5分間の条件では、健康な牛の乳汁中に後から加えたウイルスがより速く不活化され、感染牛から採取した乳汁中のウイルスはやや熱耐性が高いことが分かりました。72°Cの高温短時間(30秒間)殺菌では両者の差は小さく、市販乳製品で一般的に行われる高温殺菌でウイルスが十分不活化されることも確認されました。感染牛から採取した乳汁中でウイルスの安定性が高まる理由は完全には解明されていませんが、脂肪やカゼインタンパク質、細胞残渣など、感染に伴い乳汁中に含まれる成分がウイルスを保護している可能性が考えられます。

本研究を通して得られた成果は、現在世界中で流行しているH5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスへの対策および、将来のインフルエンザウイルスによるパンデミック対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
本研究は12月4日午前7時(米国東部時間 12月3日17時)、米国科学誌「New England Journal of Medicine」(オンライン版)に公表されました。
発表者
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕 特任教授/機構長
兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
研究助成
本研究は、東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所、東京大学医科学研究所、米国ウィスコンシン大学が共同で実施し、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(高病原性鳥インフルエンザウイルスに対する新規化合物の治療効果の検証)、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)ならびにAMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))の一環として行われました。
用語解説
(注1)鳥インフルエンザウイルス
A、B、C、D型の4種類に分類されるインフルエンザウイルスの中で、A型インフルエンザウイルスは、変化しやすく過去に世界的な大流行(パンデミック)を起こしてきた。ウイルス表面にある2つの糖たんぱく質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いにより、さらに細かく亜型が分類されている。現在までに、HAでは18種類(H1からH18)、NAでは11種類(N1からN11)の亜型が報告されており、本研究で対象としたH5N1はH5亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのことをいう。
鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスが原因となり生じる鳥の病気である。鳥インフルエンザウイルスは家禽に対する病原性を指標に、低病原性と高病原性に分類される。低病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した家禽は無症状か軽い呼吸器症状、下痢、産卵率の低下を示す程度であるが、高病原性鳥インフルエンザウイルスでは重篤な急性の全身症状を呈して、ほぼ100%の鶏が死亡する。
(注2)ヒトへの感染例
2025年11月26日現在、米国において30症例以上のヒト感染例が報告されている。
論文情報
Lizheng Guan, David Pattinson, Amie J. Eisfeld, Tong Wang, Peter J. Halfmann, Gabriele Neumann, Tera R. Barnhardt, Alexis C. Thompson, Amy K. Swinford, Kiril M. Dimitrov, Keith Poulsen, and Yoshihiro Kawaoka¶, "Stability of Avian Influenza A(H5N1) Virus in Milk from Infected Cows and Virus-Spiked Milk," New England Journal of Medicine: 2025年12月4日, doi:10.1056/NEJMc2502494.
論文へのリンク (掲載誌
)
お問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕(かわおか よしひろ) 特任教授/機構長
兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長
東京大学 医科学研究所ウイルス感染部門 特任教授
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/virology/inquiry.html
〈報道に関する問合せ〉
東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター(広報)
https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/contact

