東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

赤紫がベースの表紙に陶器のお皿の写真

書籍名

日本に暮らすロシア人女性の文化人類学 移住、国際結婚、人生作り

判型など

472ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年3月10日

ISBN コード

9784750344850

出版社

明石書店

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

日本に暮らすロシア人女性の文化人類学

英語版ページ指定

英語ページを見る

「日本に暮らすロシア人女性の文化人類学」は、日本の伝統芸能、それと連携して女性の位置付け、とりわけジェンダーを研究していた私が東京大学大学院に入学して文化人類学を専攻し、日本で活動をする研究者、かつロシア語話者として最も深く踏み込むことのできる課題は何なのか、と考えた時に生まれたプロジェクトである。首都圏や日本海側、関西地方などの都市を調査地として、ロシア人女性を見つけ出し、観察・インタビューを行った。その場となったのは幅広く、都内の新しいカフェから田舎の古い家までであった。文化人類学特有の手法はフィールドワークであり、対象者のライフサイクルを捉えるために少なくとも一年間、住み込みなどの形で調査しなければならない。私もフィールドワーク中に対象者とできるだけ多くの時間を過ごすことで参与観察の厚みを得るために、同じ場所を何度も訪れたり、泊めてもらったり、一緒に行動をしたりしていた。結果として多くのロシア人にインタビューすることができたが、その中で分析の主な対象としたのは、日本人と結婚して日本各地に住む50人のロシア人女性であった。本書は、現代すなわち1990年代以降の日本におけるロシア人女性を対象として、彼女たちの来日以前の社会経済的状況にも焦点を当てながら、日本での生活のあり様や移住者としてのライフにおける心理的変化をきめ細かく捉えたエスノグラフィである。キーワードの一つは対象者による「人生作り」(ライフクラフティング)であり、日本に移住した女性たちがどのようにして日常を作っていき、その中で自分をどう位置づけるかを問う。このプロセスをたどるために、彼女たちの来日の動機や日本での家族との関係、日本での就労に伴うライフチョイス、移住先での母国に対する意識などについて事例で示し、エスノグラフィックに豊かなコンテンツを目指した。考察は、「構造」対「行為主体性」という理論的枠組みに影響を受け、それを更に展開しながら行なった。本書は、ロシアからの多くの人々の日本をも含む海外への避難や、亡命の原因となった1917年のロシア革命から100年となる2017年に出版された。ここで扱われる対象者は1990年以降の来日だったが、日本に亡命した白系ロシア人に移住者としての由来を持つため、在日ロシア人コミュニティは2017年に象徴的な誕生日を迎えていると言えよう。本書が、在日ロシア人、とりわけロシア人女性をより日本で広く知らせるきっかけとなれば幸いである。文化人類学のみならず、カルチュラル・スタディーズやジェンダー、地域研究、移民研究、ロシア語といった分野に興味を持つ読者が関心のあるポイントを見つけられる一冊となれば嬉しい。
 

(紹介文執筆者: ゴロウィナ・クセーニヤ / 2018年10月11日)

本の目次

 出版へのまえがき
 謝辞
 図版リスト
 表リスト

序説
 第1節 理論的枠組み
 第2節 研究対象の設定及びフィールドワークやその他研究方法
  第1項 インフォーマント
  第2項 サイドインフォーマント
  第3項 フィールドワーク
 第3節 地理的・民族的枠組み
 第4節 時間的枠組み
 第5節 問題設定の背景――なぜ女性か? なぜ既婚者か? なぜ女性移住者か?
 第6節 論文の構成・結論の先取り
  第1項 論文の構成
  第2項 結論の先取り

第1章 現代女性の今──エイジェンシーの観点から見た女性移住者のライフクラフティング
 第1節 ポストモダニティを背景としたエイジェントとしての女性──理論的設定
  第1項 ポストモダニティの性質を巡って
  第2項 エイジェンシーについて
 第2節 ポストモダニティにおける女性たち
 第3節 現代の女性たちと結婚
 第4節 ロシア人女性と結婚

第2章 現代ロシア人女性を取り巻く歴史的・社会経済的・ジェンダー的状況
 第1節 社会主義から資本主義への政変がもたらしたロシア人女性への影響
  第1項 歴史的なパースペクティブからの考察
  第2項 ペレストロイカ、政変による女性への影響
  第3項 政変がもたらした事態への女性の反応
  第4項 外国性の象徴としての政変直後のロシア人女性
 第2節 ビザの概念
  第1項 問題の背景
  第2項 ソ連のビザと「鉄のカーテン」のポリティクス
  第3項 各国のビザ方針による移住のパターン化
  第4項 日本の幾つかのビザ種類の問題性
  第5項 ビザ申請プロセスと恐怖の形成
 第3節 1980年代後半以降のメディアにおけるロシア人女性移住者像
 第4節 ロシア人女性を取り巻く国際結婚の事情
  第1項 ロシア人女性による国際結婚の統計
  第2項 市民権から見た日本での国際結婚
  第3項 ロシア人女性の結婚移住先としてのエジプトと女性の向上戦略

第3章 地理的な観点から見たロシア人女性による移住
 第1節 在日本ロシア人女性移住者を取り巻く日露移住の歴史とロシア極東
  第1項 ロシアから日本への移住の歴史
  第2項 日本人によるロシア極東への移住
  第3項 ロシア極東の特徴──極東と日本
 第2節 ロシア人女性による日本への移住の地理的枠組み
  第1項  インフォーマントの背景──日本での居住地とロシアの出身地
  第2項 ロシアの出身地ごとの教育事情と日本での可能性
 第3節 日本海側都市におけるロシア人コミュニティ
  第1項 新潟のケース
  第2項 富山のケース
  第3項 国際交流センターによるイベントと在住ロシア人コミュニティのニーズ
 第4節 日本海側都市でのフィールドワークの特徴と、あるインフォーマントの肖像
  第1項 フィールドワーク実践の地域性
  第2項 新潟のケース──インフォーマントLQさんのクローズアップ

第4章 移住と国際結婚を背景としたロシア人女性の来日
 第1節 結婚から見た女性移住
 第2節 国際結婚のパターンとタイプ
  第1項 先行研究のディスコース
  第2項「その他の結婚」
   1.「商業的にアレンジされた結婚」 (Commercially arranged marriage)
   2.プル型とプッシュ型の「仲人結婚」(Match-made marriage)
   3.「ホステス出身のワイフ」型の結婚 (Hostesses-turned wives marriage)
    3.1 「ホステス出身のワイフ」型の結婚における「疑似結婚」 (Fake marriage)
   4.「インターネットロマンス」型の結婚 (Internet romance marriage)
   5.「知識人同士の結婚」 (Marriage between intellectuals)
   6.「パッケージ結婚」 (Packaged marriage)
 第3節 国際結婚という用語の見直し
  第1項 国際結婚という用語を巡って
  第2項 市民権の観点から見た「越境結婚」
  第3項 事例から見た「ローカライズされた結婚」 (Localized marriage)
  第4項 異文化の強制という視点からの考察
  第5項 国際結婚でのロシア人女性
  第6項 日本人夫による国際結婚の「国際性」の否定

第5章 越境した主体のライフクラフティング
 第1節 来日とその語り
   1.留学生のグループ
   2.ホステスのグループ
   3.ロシアで日本人男性 (のち夫) と出会ったグループ
 第2節 日本への移住を裏付けるものとしての「アジア的」な民族性・文化性
  第1項 日本と関わる民族的空間への属性を中心とした事例
  第2項 日本と関わる歴史的・文化的な空間への属性を中心とした事例
  第3項 ロシア人女性が嫁ぐ日本人男性の家族メンバーのロシアとの接触経験
 第3節 夫の家族との接触──両親による反対
 第4節 暮らしの交渉
 第5節 自分の中の「ロシア」
  第1項 ベンチ論
  第2項 日本在住ロシア人女性とロシア像──内面的なフィルターの働きのクローズアップ

第6章 彼女と彼──夫婦関係へのクローズアップ
 第1節 ロシア人女性移住者の夫となる日本人男性
  第1項 男性たちの年齢と、高年齢であることへの「期待」
  第2項 男性たちの職業
  第3項 夫の仕事と妻たちの反応
  第4項 日本人夫とロシア語の知識
  第5項 男性たちの家族事情
 第2節 日露カップルにおける主な葛藤
  第1項 現代日本における結婚の概念
  第2項 ロシア人女性との結婚と葛藤の登場
 第3節 日露カップルのセクシュアリティ

第7章 日本在住ロシア人女性の教育、キャリア及びライフチョイス
 第1節 移動のリテラシー
 第2節 ロシア人女性移住者の教育
  第1項 世界の女性移住者の教育状況
  第2項 研究対象者の教育・専攻分野
 第3節 ロシア人女性とキャリア
  第1項 背景となる観察
  第2項 女性移住者の職業と「働き者」の議論
  第3項 ロシア人女性移住者の職業
 第4節 キャリアと結婚──離婚のケースを事例として
 第5節 ロシアでの家との繋がり (仕送り・帰国) 及び移住者の出生家族による逆想像

第8章 ロシア人女性移住者の心理状態や日常
 第1節 女性移住者のエイジェンシー及び移住における「逃避」
  第1項 女性移住者のエイジェンシー問題へ改めての一瞥
  第2項 移住における逃避性について──背景となる考察
  第3項 「逃避性」の分類化への試み
 第2節 移住者の逃避的な日常
  第1項 日本における引きこもりの現状
  第2項 女性移住者の「引きこもり」に似た日常生活
  第3項 日本における移住者による鬱病的・自己破壊的状態
  第4項 一時的帰国における心理的な変化
  第5項 生活習慣性の否定

第9章 ロシア人女性移住者の子供たち
 第1節 子供たちの母としてのロシア人女性移住者
  第1項 残された子供たち
  第2項 残された子供と新しく生まれた子供──理想の母親像の形成
 第2節 ハーフの子供たち
  第1項 人口学的な背景及び国籍の問題
  第2項 ロシアに帰る時
  第3項 子供たちの教育、ロシア語の習得、アイデンティティ
 第3節 責任の転嫁

第10章 ロシア人女性移住者の事例から見たポストモダニティにおける女性──結論と展望
 第1節 将来の夢
 第2節 結論と展望
  第1項 インフォーマントがあとにしたロシアと移住の意味の探求
  第2項 ポストモダニティを背景として「結婚すること」
  第3項 ユニットR/Jという分類の使用について
  第4項 本論アプローチの再確認と今後の展望

付録
 1.インフォーマントの表
 2.サイドインフォーマントのリスト

 参考文献
  日本語文献
  英語文献
  ロシア語文献