東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

フランス都市文化政策の展開 市民と地域の文化による発展

著者名

長嶋 由紀子

判型など

318ぺージ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2018年7月

ISBN コード

978-4-902078-52-7

出版社

美学出版

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フランス都市文化政策の展開

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本書は、20世紀後半のフランス地方都市文化政策の歴史的展開を検証した研究書です。冒頭で、文化政策を「社会に共有される公共的課題の解決のために文化の領域で行われる施策である」と定義しています。研究目的は、文化と芸術に関与する公共政策が追求した公共性の諸相をフランス現代史に沿って解明することです。時代とともに重層化した都市文化政策の動機を詳らかにして、今後の日本の文化政策を考える参照軸を得ることを念頭に置いています。
 
日本において、フランスの文化政策はこれまでにもしばしば参照されてきました。ただし、「文化立国」が掲げられた1990年代には文化省の芸術支援政策が注目され、21世紀にはいると「創造都市論」の枠組みで文化による都市再生の成功例としての自治体文化政策が脚光を浴びるなど、国内で短期的に求められる情報を選択して紹介する例がほとんどでした。
 
これに対して本研究の特色は、都市文化政策の理念の変遷を追うという課題設定によって、長い時間軸と広い視野を確保した点にあります。そして、都市とは価値観を異にする人びとが構成する社会であるという見地から、首長、議員、文化機関専門職、芸術家、中央政府官僚、市民団体、そして市民としての個人など、多様な主体間の相互行為に着目して、政策プロセスを論じるアプローチを選択しました。
 
焦点をあてるのは、第二次世界大戦中ヴィシー政権下でのレジスタンスとナチス・ドイツ占領からの解放、戦後の市民社会再生 (第1章)、脱植民地化、1968年五月革命、1970年代の革新自治体伸張、石油危機後の社会の多文化化 (第2章)、1982年以後の地方分権化改革 (第3章)、20世紀末までの欧州統合の深化 (第4章) における都市文化政策の議論です。各局面での政策理念の変化に照準するために、南東部のグルノーブル、北西部ナントと隣接自治体、北部のリールおよび周辺地域圏、そして地中海沿岸のマルセイユを事例として選択しました。「文化」と「発展」の関係性はどうとらえられていたのかという問題史的な分析を通して、地域文化機関の活動記録や中央政府と自治体間の協定文書から、各時期の都市文化政策に期待された役割が浮かび上がります。
 
明らかになったのは、フランス都市文化政策の展開が、現代史における民主主義の危機を繰り返し経験した人びとの、デモクラシー実質化に向けた連帯と行動によって切り開かれてきた事実です。文化や芸術を社会に位置付けることで、地域でともに生きる多様な人たちの間の議論と対等な交流が醸成される公共空間をつくり、あらゆる人の市民的主体性を育む環境を整備することが都市文化政策に期待された第一の公共的役割でした。地方分権化後の課題意識は、経済単位としての都市や地域の発展へと重心を移しますが、それでもふたつの方向性は相反する訳ではなく、重層的に共存しています。
 
すべての人を尊厳な価値を持つ個人として扱う文化政策の基本的な課題意識は、遠くからは見えにくくてもたしかに底流に存在している。その普遍性に立ち返る意義を示唆して本書は閉じられます。

 

(紹介文執筆者: 長嶋 由紀子 / 2021年1月14日)

本の目次

まえがき
序  章
 
第一章 自治体文化政策創成期の政策理念と市民社会
   第一節 地域市民社会と自治体政府
   第二節 自治体文化政策の草創期
   第三節 政策理念をめぐる議論
   第四節 活動家たちの動機
   第五節 文化的発展の理念と自治体文化政策の創成期
 
第二章 一九七〇年代革新自治体の実践と理論
   第一節 一九七〇年代の中央政府方針、自治体との協力制度
   第二節 一九六八年 「五月革命」 と文化の定義
   第三節 都市における文化行動 ──革新自治体の政策実践
   第四節 文化行動機関の活動と議論
   第五節 実践者たちの議論
   第六節 政治的選択としての自治体文化政策
 
第三章 第一次地方分権化改革における制度設計
   第一節 ミッテラン政権成立前後の文化政策ヴィジョン
   第二節 第一次地方分権化改革と自治体文化政策を支える制度
   第三節 文化の分権化を担った自主管理派の構想
   第四節 文化省方針の変容と葛藤
   第五節 「使命の行政」が結んだ文化省と自治体の関係
   第六節 文化の分権化制度設計の企図と蹉跌
 
第四章 地方分権化と欧州統合のなかで
   第一節 経済発展の単位としての都市と地域
   第二節 都市文化政策の複合化
   第三節 自治体文化政策の都市戦略化
 
終 章 都市文化政策の課題
   第一節 フランス都市文化政策の歴史的展開
   第二節 文化的発展の課題意識の比重変化
   第三節 今後の研究課題
あとがき
 
別表
図表一覧・写真一覧
関連年表
参考文献・資料
索引

関連情報

書評:
土屋正臣 評 (『文化資源学』第18号 2020年6月)
http://bunkashigen.jp/journal/j018.html
 
中村美帆 評 (昭和女子大学近代文化研究所『學苑』第946号 2019年8月1日)
https://swu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&index_id=608&pn=1&count=20&order=17&lang=japanese&page_id=30&block_id=97