国際連盟は世界大戦の再発を避けられなかった国際社会の「失敗」の一環として語られてきた。第二次世界大戦後に創設された国際連合は、「失敗」に終わったとされる国際連盟の過去と断絶するためにも、国際連盟の「欠陥」を克服したものとして語られてきた。輝かしいイメージをまとわねばならない国連にとって、前身である国際連盟は負の歴史として処理するほかなかった。
しかし近年、国際連盟の歴史は必ずしも否定すべきではないものとして大きく見直されている。きっかけは冷戦終結後のPKOなど国連の活動の活発化に際してその先例が国際連盟期に見出せたことであった。ところが、21世紀に入って以降、国連への期待が再び色褪せて久しい。だから国際連盟史も衰退するかと言えばそうならず依然活況を呈している。むしろ現在こそ、現代の国連にも通じる課題や問題群を発見する対象として等身大の国際連盟を捉える好機かもしれない。本書は、そうした問題意識を抱きながら書かれた。
国際連盟は集団安全保障の欠陥、そしてアメリカの加盟拒否によって失敗を運命づけられていた組織ではなかった。後者が初期の国際連盟に打撃を与えたのは事実だが、1920年代を通じて組織を安定させ権威を高めるだけではなく、1920年代半ばまではほぼ活動の空白地域だった東アジアやラテンアメリカに1920年代末から1930年代前半にかけて関与の度合いを強めていく。満洲事変もその延長線上にあった。本書は満洲事変に至る歴史を国際連盟の観点から辿り、さらに地域を横断した参照対象として同時期のラテンアメリカの紛争であるチャコ紛争(パラグアイ=ボリビア紛争)を扱っている。
その結果現れたのは、国際連盟がそれぞれの地域秩序や地域機構とどう向かい合うかという課題への取り組みであった。現代の国際連合においても、紛争調停から平和維持活動(PKO)におけるパートナーシップまで、国連と地域機構の関係は大きな焦点の一つとなっている。さらに、これらの課題は国連憲章から一つの答えを導き出せるものではなく、実践のなかで揺れ動きながら均衡点が探り続けられている。こうした特徴は既に国際連盟の時代から見られていた。本書が示すのは、我々が向き合う課題はそれほど変わっていないことである。
常任理事国の関わる紛争への関与が難しい点は国際連合も変わらないことを、我々は2010年代にクリミア危機やウクライナ東部紛争、シリア内戦でも確認した。国際連盟の「欠陥」は簡単に克服などされていない。とはいえ、国際連盟から脱退してその弱体化と崩壊の責任の一端を担った日本の来歴を考えれば、簡単に見切りを付けられるものではないのも明らかだろう。ましてや国連は幾度も失望を買いながら75年以上生き延び続けてきたしぶとい組織である。もはや輝かしくもないが生命力も弱くない国連という組織と向き合う一助として、課題発見とその解決に悪戦苦闘し続ける国際連盟の歴史を本書から参照してもらえればこのうえない喜びである。
(紹介文執筆者: 帶谷 俊輔 / 2021年8月26日)
本の目次
第一章 国際連盟理事会改革における「普遍」と「地域」
はじめに
一 国際連盟創設から一度目の理事会拡大まで
国際連盟の創設過程
初期総会における中小国の活発化
1922年総会における理事会拡大の実現
二 常任理事国増員問題の浮上
常任理事国要求の活発化と対応の分岐
非常任理事国増員問題との連動と「欧州問題」の前景化
三 1926年3月理事会の紛糾
四 連盟理事会構成問題委員会と非常任理事国増員問題
委員会への準備過程
委員会における議論
決着
おわりに
第二章 中国問題と国際連盟――紛争の国際連盟提起と代表権問題
はじめに
一 北京政府期の国際連盟関与構想
山東半島返還問題と国際連盟
北京政府の統治能力衰退による連盟関与構想の浮上
国際宣伝の場としての連盟総会
二 中国内戦と代表権問題の浮上
中国の混乱とワシントン協調の瓦解
上海防衛軍派遣と国際連盟における中国代表権問題
三 南京国民政府による統一と代表権問題の解消
済南事件と国民政府の連盟理事会提訴
連盟総会提起の可能性
国際連盟による中国技術協力の始動
国際連盟非加盟国の紛争としての中ソ紛争
満洲事変
おわりに
第三章 アジア太平洋地域の条約秩序と国際連盟――国際連盟と多国間枠組みの競合と包摂
はじめに
一 ワシントン体制と国際連盟
四カ国条約の締結
ワシントン体制
二 不戦条約の締結と国際連盟
不戦条約の締結
不戦条約による紛争調停構想と国際連盟
三 満州事変における国際連盟と九カ国条約・不戦条約
初動対応における管轄権の競合
国際連盟の動揺と管轄権競合の再発――スティムソン・ドクトリン,九カ国条約委員会
おわりに
第四章 ラテンアメリカと国際連盟――チャコ紛争における国際連盟と地域的枠組みの競合
はじめに
一 1920年代のラテンアメリカと国際連盟
国際連盟創設過程における規約第21条
タクナ=アリカ紛争
パナマ=コスタリカ紛争
二 1928年12月の武力衝突
紛争の歴史的経緯
連盟理事会決議の実現
国際連盟の関与の画期性に対する評価
三 チャコ戦争開戦と管轄権競合の開始
中立諸国委員会の先行
国際連盟の積極化による管轄権競合の激化
四 管轄権の国際連盟への移動とチャコ委員会
武器禁輸措置の検討
チャコ委員会派遣をめぐる紛糾
チャコ委員会の蹉跌
五 連盟規約第15条の適用と1934年11月特別総会
武器禁輸措置の再検討
特別総会への移管の決定と勧告案の作成
特別総会勧告とパラグアイ脱退
六 地域的枠組みへの回帰――ブエノスアイレス交渉へ
諮問委員会における普遍・地域論争
「連盟の枠内」?
ブエノスアイレス交渉による決着
おわりに
第五章 国際連盟と地域機構の関係設定の試み
はじめに
一 国際連盟創設直後の連盟事務局における連盟=地域機構関係の検討
国際連盟創設過程における検討
連盟事務局における検討
二 1920年代の地域統合構想の進展と政府レベルにおける連盟=地域機構関係の検討
米州,欧州地域機構構想との関係
ブリアンのヨーロッパ連合案と国際連盟
三 1930年代の国際連盟――パン・アメリカ会議及び連合との水平的関係公式化の試みと挫折
パン・アメリカ連合及び会議強化案との関係
国際連盟とパン・アメリカ連合の提携関係構築の試み
四 国際連盟改革論における連盟=地域機構関係
国際連盟改革論の胎動
国際連盟の地域的分割構想と日本
国際連盟の地域主義的再編構想
連盟規約の原則と適用研究委員会
おわりに
終 章
関連情報
日本国際政治学会第12回奨励賞 (一般財団法人 日本国際政治学会 2019年10月19日)
「『強制的連盟』と『協議的連盟』の狭間で」(『国際政治』第193号2018年9月)
https://jair.or.jp/committee/jair-award/3810.html
書評:
渡部茂己 評 (『国連研究』第22号 2021年6月)
http://www.kokusai-shoin.co.jp/313.html
半澤朝彦 評 (『国際政治』第204号 2021年3月)
https://jair.or.jp/wp-content/uploads/publication/kokusaiseiji/204cover.pdf
酒井一臣 評 (『歴史学研究』第1002号 2020年11月)
http://rekiken.jp/journal/2020.html
山越裕太 評 (『国際法外交雑誌』第119巻第2号 2020年8月)
https://jsil.jp/magazine
森靖夫 評 「いまを読む5冊――交錯する二つの国際秩序に近代日本はどう臨んだか」 (『外交』第61号 2020年5月)
http://www.gaiko-web.jp/archives/2769
篠田英朗 評「「普遍」と「地域」の葛藤」 (『読売新聞朝刊』 2019年8月4日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20190803-OYT8T50127/