東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

地図イラスト、写真があるベージュの表紙

書籍名

近代天皇制と東京 儀礼空間からみた都市・建築史

著者名

長谷川 香

判型など

400ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年6月17日

ISBN コード

978-4-13-066861-3

出版社

東京大学出版会

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学内図書館貸出状況(OPAC)

近代天皇制と東京

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現代の東京の航空写真を見ると、大きくスプロールした市街地に埋もれるように、いくつかの大きな緑地が存在している。中心部には皇居と皇居前広場、北部には上野公園、そして西部には赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮内苑・外苑、新宿御苑、代々木公園が連なるように展開する。今日、東京の都心部において貴重な緑地や公共空間を形成しているこれらの敷地の多くは、実は、明治から昭和戦前にかけて、近代天皇制における儀礼会場として利用されていた。本書は、近代の東京における儀礼空間を都市的・建築的観点から分析することにより、「近代天皇制と都市・建築」の関係性の一端を明らかにしようとする試みである。
 
明治2年の東京奠都により、行政機関や皇族・華族の邸宅など様々な施設や機能が京都から東京へと移転し、それに伴い、公的な儀礼の中心地も京都から東京へ移った。近世までの京都における儀礼は、京都御所や泉涌寺など、古くから皇室と深く結びついた特定の施設で催されたのに対し、近世まで将軍の都であった東京にはそのような施設はなく、儀礼のための施設や敷地を新たに見出し、整備していく必要があった。
 
こうしたなかで、明治から昭和戦前の東京では、軍隊のための練兵場や皇室所有の御料地、もしくは江戸幕府のゆかりの地を読み替えた公園など、様々な敷地が儀礼の会場として利用された。儀礼空間としての敷地の利用は一時的・仮設的で、多くの場合、その痕跡が恒久的な建造物や構築物として残されることはなかった。しかしながら、これらの敷地は近代天皇制のもと、儀礼の開催を通じて新たな由緒を獲得していったのであり、近代における儀礼空間の在り方は、今日にいたるまでの東京の都市空間の形成に少なからぬ影響を及ぼしたと考えられる。
 
このような背景のもと、本書では、儀礼空間を式場に建てられた建築のみならず、敷地全体、さらには式場にいたるまでの経路一帯も含めた面的な拡がりをもった都市空間として捉え、その利用形態や地域一帯の整備について分析することにより、東京における儀礼空間の全体像を明らかにし、近代天皇制によって都市に刻まれた「土地の記憶」を読み解いてゆく。
 
近代天皇制と深く結びついた「土地の記憶」は、今日、積極的に語られることはない。しかしながら、近代において「帝都」と呼ばれた東京は、大日本帝国の首都であると同時に、天皇の住まう皇都であり、そしてまた帝国最大の軍都でもあった。戦後二度目の天皇の代替わりを経験し、オリンピックに向けてその姿を大きく変えようとしている東京という都市の在り方を考えるうえで、今改めて、近代における「土地の記憶」に向き合う必要があるのではないだろうか。

 

(紹介文執筆者: 長谷川 香 / 2021年4月20日)

本の目次

はじめに 「土地の記憶」をめぐって

序 章 帝都・東京と儀礼――研究史整理と問題の所在
  一 近代天皇制における儀礼の意義
  二 近代天皇制と帝都の形成
  三 都市的観点からみる東京の儀礼空間
  四 建築的観点からみる東京の儀礼空間
  五 本書の目的

第一章 儀礼の全体像とその分類――「都市を舞台とする儀礼」の位置付け
  一 近代の典憲体制における儀礼と行幸啓
  二 儀礼と都市との関係性
  三 都市を舞台とする儀礼の範囲

第二章 祝賀儀礼と都市――多様な主体が催す儀礼空間の都市的拡がり
  一 各儀礼の会場と行幸啓経路
  二 祝賀儀礼の都市的拡がりの変遷
  三 おわりに――宮中,政府と市民の意向

第三章 祝賀儀礼の建築――式殿にみる「御殿風」様式の系譜
  一 各儀礼の次第と会場計画
  二 式殿を中心とした会場計画の成立と標準化
  三 「御殿風」様式のイメージ
  四 おわりに――儀礼の都市的拡がりと会場計画の関係性

第四章 大喪儀――東京市西部の練兵場・御料地の利用
  一 東京市西部の整備
  二 各大喪儀の敷地と葬送経路,式場計画
  三 大喪儀の儀礼空間の変遷
  四 おわりに――「霊域」としての記念性

第五章 軍事儀礼――練兵場と宮城前広場における観兵式
  一 練兵場,宮城前広場の整備
  二 観兵式の概要と時代区分
  三 式の次第と敷地の利用形態
  四 行幸啓経路
  五 観兵式における儀礼空間の特質
  六 おわりに――軍都・東京と練兵場

第六章 明治神宮外苑造営前史における空間構造の変遷――軍事儀礼・日本大博覧会・明治天皇大喪儀
  一 軍事儀礼と周辺整備――明治中期から大正初期
  二 日本大博覧会構想――明治四〇年代
  三 明治天皇大喪儀――大正元年
  四 明治神宮造営――大正期
  五 儀礼空間としての利用と空間構造の変遷
  六 おわりに――明治神宮外苑における「土地の記憶」

結 章 近代天皇制と都市・建築
  一 祝賀儀礼・大喪儀・軍事儀礼の都市的拡がりとその変遷
  二 儀礼空間の創出と「土地の記憶」の形成
  三 今後の課題と展望
  四 おわりに――「土地の記憶」の継承

附 録 儀礼一覧
 

関連情報

受賞:
令和2年度 (第27回) 前田工学賞 (建築分野) 受賞 「長谷川香 / 近代東京における国家と天皇に関わる儀礼空間の研究」 (前田記念工学振興財団 2020年)
https://www.maedakksz.or.jp/prize/
 
著者インタビュー:
[多士才々]天皇と「土地の記憶」解明 建築史家の長谷川さん (沖縄タイムス 2020年9月1日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/625003

※そのほか、『長崎新聞』、『信濃毎日新聞』、『河北新報』、『秋田魁新報』、『宮崎日日新聞』、『東奥日報』、『富山新聞』でも紹介。
 
刊行イベント:
儀礼から見る東京──長谷川香×辻田真佐憲「儀礼空間としての東京、あるいは国家と伝統と都市──『近代天皇制と東京』刊行記念」イベントレポート (ゲンロンカフェ 2020年10月2日)
https://genron-alpha.com/article20201002_02/
 
書評:                                                        
岩本葉子 評 (『都市史研究 8』 2021年10月25日)
https://suth.jp/publication/toshishi_kenkyu_08/
 
青井哲人 評 (『建築史学』77号 2021年9月)
http://www.sahj.org/index.php?lang=jp&snd=3&trd=77
 
加藤祐介 (北海学園大学法学部講師) 評 (『日本歴史』878号 2021年7月)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/news/nc677.html
 
本康宏史 (金沢星稜大学経済学部教授) 評 (『人民の歴史学』228号 2021年6月)
http://www.torekiken.org/trk/blog/jinreki/
 
原武史 (明治学院大学名誉教授、放送大学教授) 評 (『都市問題』第112巻 第一号 2021年1月)
https://www.timr.or.jp/cgi-bin/toshi_db.cgi?mode=kangou&ymd=2021.01
 
橋本圭央 評 「移動行為における経路形成に着目した構造体としての儀礼空間」 (建築討論 2020年12月1日)
https://link.medium.com/JfSJgUpvBfb
 
河西秀哉 評 今週の書評 (週刊読書人3356号 2020年9月11日号)
https://dokushojin.stores.jp/items/5f58357700f4d059700fea82