東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

ドイツ・ロマン主義と <芸術家小説> ティーク『シュテルンバルト』の成立と性質

著者名

片山 耕二郎

判型など

416ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月24日

ISBN コード

978-4-336-06650-3

出版社

国書刊行会

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ドイツ・ロマン主義と <芸術家小説>

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この本は「芸術家小説」と言われるもの、つまり芸術家が主題となる小説を扱ったものです。家で趣味を楽しむ学生の皆さんのうちには、たとえば動画サイトに投稿してみる方もいるかもしれません。あるいは、風変わりなパフォーマー達の動画に夢中になっている人はもっと多いでしょう。では、そうした、自己表現のために作品をつくる人達、芸術家はいつ頃からいて、注目を浴びるようになったのでしょう。
 
芸術の歴史は古くからあります。教科書や博物館では、紀元前の作品を見ることができます。しかし、それらの制作者は、金銭等の対価をもらって指定されたものを作る、いわば職人的な性質を強く持っていました。現代の、自分が思い描くものを形にする芸術家とは違います。
 
どの時点から、自分の表現したいものを表現する「芸術家」が生まれたのか。それは、はっきりとは言えません。たとえば作品に自分の名前を彫ること、画家が自分を肖像画の題材に値する偉大な存在だと認識して自画像を描くこと、注文を受けずに自分の作りたい物を作り、それを市場で売ること。どれも創作者の自己表現欲の表れとされていますが、こうしたことは一度に起こるわけではありません。
 
それでも、芸術家の創作者としての自意識を測るうえで重要な出来事がひとつ、18世紀末に起こります。「芸術家小説の成立」です。本書の題名案には『芸術家小説の成立と性質』というものがありました。それは本書が、元祖にして最も典型的な芸術家小説と呼ばれる、ドイツの作家ティークの『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』を扱っているからです。この作品を皮切りに、創作に取り憑かれる芸術家達や、奇妙な振る舞いをして耳目を集める芸術家達を扱った小説が次々に登場しました。学生の皆さんは現代の技術を用いた、最新の創作を目にしていますが、その根本にある創作者の精神は、『シュテルンバルト』以降、表現され続けてきました。このことが、本書を読めば分かります。
 
本書ではまた、『シュテルンバルト』を中心に典型的な芸術家小説をいくつも取り上げて、それらの小説で描かれる芸術家の特徴や、芸術家が目標としたもの、芸術家と社会との関係などについても述べています。すなわち「芸術家小説の性質」です。ティークや、本書で重点的に扱うヴァッケンローダー、ホフマンはドイツ・ロマン主義に属する作家ですが、本書では他にスペインやフランスの作品も取り上げていて、その点、越境的研究という側面もあります。芸術家小説全般についての研究書として類書のないものになっていますので、日本も含めた他の国や地域の小説が好きという読者にも参考になると思います。
 
最後に、本書の題名の「成立と性質」は言ってみれば言葉遊びです。ティークはユーモアを得意とする作家でしたから、それに敬意を表して、本書ではこの題名に限らず、いくつか真剣な読者を笑わせる、あるいは腹立たせるユーモアを交えてみました。題名を決めたあとに気づいたのですが、比較文学者である平川祐弘が、ルネサンス期の芸術家にまつわる伝記の著者ヴァザーリについて書いた「ヴァザーリの位置と意味」という文章の「位置と意味」という題も、本書の「成立と性質」と同じ意図の言葉遊びでしょう。私がそれに気づくには、自ら遊び心を発揮する必要があったわけで、同様にティークのような作家を読み解くには、その読み解き自体にユーモアが求められるように思います。そのような、学術書にささやかなユーモアを交える実験の書としても読んでいただき、楽しんでいただけたらと願っています。

 

(紹介文執筆者: 片山 耕二郎 / 2021年2月9日)

本の目次

はじめに
序  章 ルートヴィヒ・ティークの略歴に代えて
 1 ロマン主義を代表し、かつ関心を持たれない作家ティーク
 2 小説家以外としてのティーク
 3 小説家としてのティーク
 
第1章 芸術家小説史における位置づけ
 1 本書における芸術家小説の定義
 2 芸術家小説の「元祖」
 3 『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』の評価
 4 E・T・A・ホフマンと狂気の芸術家、Künstlerromanと異なる枠組み
 5 ティークに続くKünstlerromanの作家たち、そして芸術家小説の展開
 
第2章 ヴァッケンローダーとの共作
 1 ヴァッケンローダーの略歴
 2 ヴァッケンローダーとティークの友情
 3 ヴァッケンローダーと「ロマン主義」
 4 『真情の披瀝』と『芸術に関する幻想』の発生と内容の検討
 5 『シュテルンバルト』におけるヴァッケンローダーの役割
 
第3章 『シュテルンバルト』までのティークの活動
 1 教養人としてのティーク
 2 ティークの修業時代と初期作品の背景
 3 『シュテルンバルト』と初期作品の類似と相違
 
第4章 芸術家と社会
 1 芸術家小説と社会
 2 ティークとヴァッケンローダーの共作における芸術家と社会
 3 ティークの後期小説における芸術家と社会
 4 『シュテルンバルト』における芸術家と社会
 
第5章 狂気の芸術家――あるいは芸術家の感じやすさ
 1 狂気の芸術家を扱った小説と『シュテルンバルト』の位置付け
 2 『シュテルンバルト』における芸術家の狂気
 
第6章 現実の美と理想の美
 1 ティーク以外の作家
 2 『シュテルンバルト』と関連作品における理想の美と現実の美
 
終  章 『シュテルンバルト』の芸術家小説性
 1 、『シュテルンバルト』の登場人物の役割による分類
 2 作品の駆動力としての登場人物
 3 芸術の意味を問いかける登場人物
 4 南北ヨーロッパの芸術の違いを示す登場人物
 5 芸術論を披露する登場人物
 6 芸術家の遊興性・官能性を表現する登場人物
 7 遍歴を体現する登場人物
 
[付録1]『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』各章の出来事一覧
[付録2]『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』より抜粋訳
 
参考文献 
人名・作品名索引
おわりに