東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

セピア色の街並みの写真

書籍名

転形期芸術運動の道標 戦後日本共産党の源流としての戦前期プロレタリア文化運動

著者名

立本 紘之

判型など

354ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月15日

ISBN コード

9784771033375

出版社

晃洋書房

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

転形期芸術運動の道標

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は主に大正末から昭和初期の日本において、共産党の影響を受けた社会運動の内部で「権威」がどのように形成・確立されたかに関して、合法運動の中心を担った「見える」運動=プロレタリア文化運動を対象として考察した著作である。
 
本書はまず、1920年代前半に社会運動への参画意識を強く持っていた文芸系知識人の動きと、同時期の最先端の革命理論=「ロシア知」の日本への伝播を並行して追う。
 
それにより、この時期文化運動が組織化の方向に進み、共産党を権威として受け入れる構図が確立・定着したことを本著は示している。しかし既存研究と異なり本書は、文化運動に対して明確な共産党の「指導」が存在せず、文化運動関係者自身が「見えない」党へ自発的に寄り添い、自ら党を権威として受け入れたという点も同時に明らかにしている。
 
ついで本書は、1928年の「三・一五事件」以後共産党が完全に地下に潜り、文化運動が地下の党と一般大衆をつなぐ役割を果たしていった時期の文化運動の流れを追う。
 
そして、最先端運動理論に基づき状況に応じて運動理論を切り替え、「模範的」に運動を展開する文化運動のあり方が当該期に確立されたことを本書は明らかにした。そしてこの運動のあり方は、「ロシア知」を持つ「模範的共産主義者」として文化運動を牽引した蔵原惟人が主導したことも本書が明らかにした点である。
 
順調に発展してきた文化運動だが、1932年春の蔵原らの検挙で大きな変化が訪れる。その後文化運動を主導した宮本顕治・小林多喜二らは蔵原と異なり「ロシア知」を持たず、状況に応じた運動の切り替えが出来ない形になってしまう。結果宮本・小林らは過去の蔵原のやり方を墨守し続け、組織的文化運動退潮につながる弊害を招いてしまう。

一方で宮本は運動末期に共産党の中央委員となるが、「模範的」と信じられてきた党中央の本当の姿を目にし、党内で政治的蹉跌も経験する。この体験から宮本は「模範的」な運動を維持する上での蔵原の手法の有用性を再認識し、その手法を有効に機能させるには「一枚岩の前衛党」で適切な指導者が権力を安定保持し続けることが重要との認識を強めていく。
 
戦後の政治家 宮本顕治へとつながることになる、この宮本の「政治的覚醒」も本書が明らかにした大きな点である。つまり本書の副題にもあるように、戦後共産党「宮本体制」の原点となったのは、戦前期文化運動及び同運動の形成・確立・変容過程で生まれた、「模範的共産主義者」による運動の「切り替え」というスタイルなのである。本書は言わば、プロレタリア文化運動こそ、日本共産党のその後を形作った「源流」の一つであると明確に示す形になっている。
 
以上が本書の大まかな概要であるが、これまでのプロレタリア文学研究・日本共産党を軸とする左翼運動研究のいずれにもなかった視点に基づく本書が、双方の研究及びその周辺領域の研究活性化につながることを筆者は強く願うものである。

 

(紹介文執筆者: 立本 紘之 / 2021年5月12日)

本の目次

序章 本書の課題と方法
 
第一章 プロレタリア文化運動の芽生えと同時期の思想状況
はじめに
第一節…プロレタリア文芸雑誌の誕生と知識人の運動参加
第二節…一九二〇年代初頭までの日本における理論紹介と思想状況
第三節…雑誌『文芸戦線』の創刊とそれを取り巻く状況 
おわりに
 
第二章 運動理論の大転換と文化運動組織の再編
はじめに
第一節…福本主義の登場と運動権威形成の萌芽
第二節…スターリンの登場・権威化と、さらなる権威担保構造の形成
第三節…文化運動の組織化と変容
おわりに
 
第三章 文化運動組織の「分離・結合」とその背景
はじめに
第一節…文芸組織分裂・鼎立の時代
第二節…二七年テーゼの到来とそれへの対応
第三節…文化運動組織の再分裂と合同への動き
おわりに
 
第四章 文化運動組織の発展と権威構造の形成
はじめに
第一節…ナップの誕生と「芸術大衆化論争」
第二節…ナップの実践活動と理論の変容
第三節…再度の大衆化論争と運動原則の確立
おわりに
 
第五章 一九三〇年前後の党運動と文化運動
はじめに
第一節…党運動と文化運動の接触
第二節…「戦旗社」事件と文化運動における党権威の拡大
第三節…文化運動の方針転換と権威としての蔵原惟人
おわりに
 
第六章 コップ結成後の文化運動の進展と衰退
はじめに
第一節…コップ新雑誌の展開と大衆化の模索
第二節…弾圧と活動方針をめぐる文化運動内部の動き
第三節…組織的党・文化運動の終焉期における文化運動者の諸相
おわりに
 
終章
第一節 戦後の党運動と戦前期文化運動の残照
第二節 本書のまとめとむすびにかえて