東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

机を囲む人々のモノクロ写真

書籍名

中国司法の政治史 1928-1949

著者名

吉見 崇

判型など

248ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年6月16日

ISBN コード

978-4-13-026166-1

出版社

東京大学出版会

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学内図書館貸出状況(OPAC)

http://www.utp.or.jp/book/b508906.html

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近年の日本の中国近現代史研究の特徴のひとつに、憲政史研究の発展がある。この「憲政」という語は極めて多義的であるが、ひとまずリベラル・デモクラシーだと解した場合、そもそも中国においてそうした歴史は存在したのかと疑問を抱かれる方が多いかもしれない。その理由は、今日の中国政治のイメージに起因していると想像するが、近現代中国に関心のある方は、中国共産党、そして中国国民党(以下、国民党)という政治的アクターの存在を指摘するのではないだろうか。
 
確かに、両党についての一般的な理解は、どちらも革命政党であり、その政治的志向は独裁的であるというものであろう。しかし、上述した近年の研究の進展により、国民党の訓政と呼ばれる独裁は脆弱であり、且つ国民党自身が、その独裁はあくまで時限的なもので、最終的に到達すべきは憲政の実現であると認識していた、という理解が広く共有されつつある。事実、国民党政権は、日中戦争終結後の1947年に中華民国憲法を公布・施行している。
 
本書は、以上のような学界の成果に学びながら、国民党政権による憲政への移行の歴史的意義を、司法という問題群に着目することによって解明することを目指した研究である。これまでの中国近現代史研究では、既述のように憲政の歴史に対して十分な関心を向けてこなかったが、同時に政治史研究においては、行政(内閣)や立法(議会)に比し、司法という分野が等閑視されてきた。そこで私は、当該期の憲政と司法の関係性を分析対象とすることにより、近現代中国政治史の研究に対して一石を投じることも意図した。本書が「中国司法の政治史」と題する所以である。
 
具体的には、本書は、司法権の独立、検察改革、人身の自由という3つの問題を、それぞれ憲政にとって欠くことのできない権力の分立、権力の抑制、権力からの自由という理念の制度化、またはその変革の過程と位置づけ、分析した。その結果、国民党政権は、三権分立に基づく司法権の独立を図り、清朝末期に日本より受容した大陸法系の検察制度を英米法系のものへと改革しようとし、さらに人身の自由という問題でも英米法系のヘイビアス・コーパスの導入を試みた、ということが明らかになった。
 
憲政と司法という視角から見えてくるこのような国民党政権の姿勢は、憲政の理念を理解し、その実現に一定程度成功した、と評価し得る。だが、加えて指摘しなければならないのは、三権分立や英米法系(の司法制度)といった世界において普遍性を有するものを、近現代中国も綿々と受容していたという点である。換言すれば、現代中国(中華人民共和国)を私たちがとらえる時、こうした歴史的潮流を無視して、その特殊性を強調するだけでは、片面的な理解に陥ってしまうということである。
 

 

(紹介文執筆者: 吉見 崇 / 2021年5月17日)

本の目次

序 章 中国近現代史の憲政と司法
     第一節 近現代中国の憲政という視角
     第ニ節 国民党政権の憲政への移行と司法という問題群
     第三節 国民党政権期という時代
     第四節 国民党政権期の司法についての構造

第一部 権力を分立する――司法権の独立

第一章 一党独裁における司法権の独立
     第一節 問題の萌芽――五権分立と司法権の独立
     第ニ節 純粋な裁判機関を目指して――三権制への志向
     第三節 憲法制定活動への接続
     第四節 五五憲草における司法権の独立
     おわりに

第二章 憲政への移行と司法権の独立
     第一節 五五憲草への異議申し立て 
     第ニ節 司法権の独立をめぐる同床異夢――蔣介石と孫科
     第三節 中華民国憲法における定義
     第四節 終わらない対立
     おわりに

第二部 権力を抑制する――検察改革

第三章 英米法系を志向する検察改革
     第一節 英米法系への接近 
     第ニ節 逆行する改革
     第三節 実験裁判所の設置
     第四節 一九四五年の刑事訴訟法改正
     おわりに 
 
第四章 行き過ぎた検察改革
     第一節 党の提案を拒否する――司法行政部の強気
     第ニ節 検察制度を廃止せよ――陳霆鋭の改革論
     第三節 改革の帰結
     おわりに

第三部 権力から守る――提審法

第五章 人身の自由をめぐる角逐
     第一節 人身の自由をめぐる構造化――中華民国訓政時期約法と提審法
     第ニ節 日中戦争期の人身の自由論――イギリス憲政の表象化
     第三節 保障人民身体自由辧法から提審法の施行へ
     おわりに

終 章 憲政と司法から見た国民党政権
     第一節 国民党政権の憲政と司法
     第ニ節 国民党政権期の歴史的位置づけ

 

関連情報

書評:
金子肇 評 (『中国研究月報』 2021年4月)
https://www.institute-of-chinese-affairs.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%9C%88%E5%A0%B1