東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ミンダナオ島の人と街の写真

書籍名

平和構築を支援する ミンダナオ紛争と和平への道

著者名

谷口 美代子

判型など

390ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2020年

ISBN コード

978-4-8158-0985-0

出版社

名古屋大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

平和構築を支援する

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、冷戦後に優勢だったリベラル平和構築論に基づくその活動が、なぜ失敗に終わるのかを、ミンダナオの事例を基に現地社会の視点から解き明かしたものです。その特徴は、開発現場から生まれた多くの疑問(謎)を手掛かりに、長期間にわたる現地調査と文献調査を 基に分離独立紛争とその陰に隠れた実態を明らかにし、現地社会の視点をふまえた平和構築のあり方を提起したことにあります。
 
その中心的な疑問とは、「なぜ、国家からの分離独立を希求する(ムスリムを中心とした自己 規定による)「モロ」の氏族同士が、日常的に殺しあっているのか」というものです。このような矛盾した事象が重なり合うことは、世界各地での紛争影響地域でよく観察される現象です。そこで痛感したのは、この問題が、「国家 対 反政府武装勢力」という単純な対立構造だけでは説明しきれないということでした。そこで、「実務者として、無自覚のうちに、特定の有力者の権力を拡大したり、社会的緊張感を高めたりしていないのか。新たな紛争の火種になっていないのか」という道義的責任を痛感し、実務に役立てるために学術研究を開始しました。
 
当初、現地調査は治安の制約や現地社会の排他性・政治性などにより、想定した以上に難航しました。多層的な政治秩序 が交差する紛争影響地域では、人びとは身を守るために本音を語ることは少なく、国軍(私服)の護衛をつけた開発支援の一環としての聞き取り調査にはおのずと限界があります。そこで、一学生として現地の研究所に所属し、護衛なしで現地調査を開始しました。その多くは形式的なものでなく、人々との日常的なかかわりの中で得られたものです。こうして事実を積み上げ、それらを多面的・多層的に検証することによって、徐々に人々の心情や論理、矛盾する事象を理解することができるようになりました。
 
本書の前半はこの地域の統治の歴史を長期的な国家形成過程として詳述しています。それは、世界各地で発生する民族紛 争が植民地以前の基層社会の政治秩序と支配形態、植民地期の支配形態と民族主義運動、独立後の政府の政策などが複雑 に絡み合って発生しているためです。こうして歴史的変遷をたどることで、これまで十分に説明されてこなかった分離独 立紛争とクラン間抗争との関係、さらには国家とクランとイスラーム系反政府勢力の関係と紛争の構造的要因を解明しました。 このような可視化されにくい人的・社会的ネットワークに依拠した慣習的な政治実態に着目して紛争・暴力・平和を論じるという視角は、ミンダナオだけでなく脱植民地国家で発生する紛争や暴力の構造的要因を理解するのに有用です。また、このことは、実務者(外部者)が効果的な平和構築支援を行うだけでなく、無自覚に地域社会に負の影響を与えないためにも重要です。
 
リベラルな国際秩序が危機に瀕している現代において、国際政治・比較政治・平和構築論、地域研究、フィリピン歴史・政治、ミンダナオ紛争・平和・暴力、イスラーム研究などにご関心のある方(研究者・実務者を含む)にぜひ手に取っていただければ幸いです。

 

(紹介文執筆者: 谷口 美代子 / 2021年8月24日)

本の目次

 略語表
 地 図
 はじめに
序 章 リベラル平和構築論とミンダナオ紛争
     1 なぜ「平和構築」が重要なのか
     2 先行研究の批判的検討
     3 分析概念
     4 調査手法と制約
     5 主な用語の説明
     6 本書の構成
第1章 海域イスラーム社会から米国による国民国家形成へ
     はじめに
     1 ミンダナオ・スールーの基層社会とイスラーム受容
     2 東南アジアのイスラーム化とミンダナオ・スールーにおける受容
     3 ミンダナオ・スールー地域でのイスラーム王国の設立と発展
     4 米国・日本植民地政府によるフィリピン統治
     5 米国植民地政府によるミンダナオ・スールー地域の統治
     小 括
第2章 フィリピン独立後のミンダナオ統治
      —— イスラーム系反政府武装勢力の生起と発展
     はじめに
     1 独立後ミンダナオのムスリム統合政策とその帰結
     2 モロ民族解放戦線による分離独立運動と比政府のミンダナオ統治
     3 ムスリム・ミンダナオ自治地域政府の成果と課題
     小 括
第3章 バンサモロによる平和構築への展開
     はじめに
     1 モロ・イスラーム解放戦線の設立と展開
     2 比政府とモロ・イスラーム解放戦線の和平プロセス
     3 ドゥテルテ政権下における新たな平和構築の実践
     小 括
第4章 複雑化・多様化する紛争・暴力の構造
      —— ムスリム・クラン間抗争と分離独立紛争の関係性
     はじめに
     1 「リド」言説
     2 クラン間抗争
     3 ミンダナオの紛争と暴力の発生状況
     4 マギンダナオ虐殺事件はなぜ起こったのか
     5 イスラーム系過激主義勢力の台頭による紛争・暴力の複雑化
     小 括
第5章 下からの平和構築
      —— マギンダナオ州ダトゥ・パグラス町とウピ町の事例
     はじめに
     1 調査の方法
     2 ダトゥ・パグラスの事例 —— 伝統的首長による平和構築の実践
     3 ウピの事例 —— 三民族共存社会での平和構築の実践
     小 括
終 章 リベラル平和構築論を超えて
     1 紛争・暴力・平和の構造的メカニズム
     2 新たな平和構築への視座 —— 公共空間の創出を目指して
     3 平和構築の未来と支援のための示唆
 参考文献
 あとがき
 図表一覧
 索 引
 

関連情報

著者プロフィール:
広島県出身。東京大学大学院総合文化研究所博士課程修了。博士(国際貢献)。1990年代後半より、 開発援助・研究機関での実務と研究を経て、現在(2021年3月時点)、(独)国際協力機構にて国際協力専門員(平和構築)。JICA緒方貞子平和開発研究所にて平和構築の研究にも従事。
 
受賞:
第32回 アジア・太平洋賞特別賞 (一般社団法人アジア調査会 2020年)
http://www.aarc.or.jp/apshow32.html
 
第24回 国際開発研究 大来賞 (一般財団法人国際開発機構FASID 2020年)
https://www.fasid.or.jp/_files/okita_memorial_prize/24leaf.pdf
 
2020年度 国際開発学会奨励賞 (国際開発学会 2020年)
https://jasid.org/awards/
 
第17回アジア太平洋研究賞(井植記念賞) (アジア太平洋フォーラム・淡路会議 2018年8月)
https://www.hemri21.jp/awaji-conf/project/commendation/17th/awards/winner02.html
 
自著解説:
谷口美代子「国家 対 反政府勢力」だけでは説明できないミンダナオ紛争、その和平への道のり (ALL REVIEWS 2020年5月7日)
https://allreviews.jp/review/4415
 
書評:
武内進一(東京外国語大学大学院総合国際学研究院/日本貿易振興機構アジア経済研究所)評 (『東南アジア研究58巻2号』 2021年1月31日発行)
https://kyoto-seas.org/ja/2021/01/tounan-ajia-kenkyu-58-2/