東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

頭にかごを乗せて歩くバリの人々の写真

書籍名

村落エコツーリズムをつくる人びと バリの観光開発と生活をめぐる民族誌

著者名

岩原 紘伊

判型など

328ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年7月20日

ISBN コード

9784894892064

出版社

風響社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

村落エコツーリズムをつくる人びと

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は2018年3月に東京大学大学院総合文化研究科に提出された著者の博士論文「ポスト・スハルト期インドネシア・バリにおける観光開発に関する民族誌的研究――コミュニティベースト・ツーリズムを中心に」をもとにしている。本書の目的は、インドネシア随一の観光地であるバリの事例から、国際協力を通じてグローバルに普及しているコミュニティベースト・ツーリズム (CBT) がローカル社会の文脈に合わせて適用されていくプロセスを、現地NGOとその協力者たちの動向や実践に焦点をあてながら明らかにすることで、CBTという現代的なテーマに対する研究成果を社会に公開し、さらなる発展研究を促すことにある。
 
第二次大戦後に独立した発展途上国では、国際観光客の受け入れが外貨獲得手段として重要視され、観光開発がこぞって推進されてきた。その一方で、発展途上国における観光開発は無制御に展開されがちであり、それらの国々における観光開発は、環境破壊、国民経済のゆがみ、そして伝統文化の破壊などを引き起こしているとしてとりわけ問題視されることが多い。これを受けて1980年代以降、観光の負の影響を是正すべく、「持続可能な開発」概念を観光分野に適応させた「持続可能な観光」の実現が、国際社会において強調されるようになっている。今日、その中心的な役割を果たす観光形態として位置づけられているのが、本書において焦点をあてる地域コミュニティが開発計画から運営まで主体的に参加し、事業の権利と義務を保有することを理念とするCBTである。
 
こうした現代にみられる観光現象は、経済的効果を優先する開発のベクトルとそれに抗う参加型開発のベクトルという、二極のベクトルがせめぎあうなかで展開されている。では、このせめぎあいは、観光地で生活する人々の生活にどのような影響を与えているのだろうか。本書ではそれを、グローバル資本主義の流れに後押しされ、今日、世界的なリゾート観光地となったインドネシア・バリにおけるCBTをめぐる取り組みから考察する。バリの事例から民族誌として描き出すのは、グローバリゼーションの影響を受けやすい国際観光地に生きる人びとが、今日直面している葛藤や価値の変容であり、それらは他の国や地域のリゾート観光地にも当てはまるものである。
 
1998年にスハルト政権が崩壊し、地方分権化ならびに民主化の時代に入って以降、バリでは現地NGOや都市中間層らを中心に、CBTを適用することで、マス・ツーリズムを基本とするバリ観光のパラダイムを変革しようという動きがみられるようなっている。本書は、現地NGOとそのNGOのプロジェクトにかかわる2つの村落を対象に行った計27か月に及ぶ現地調査の結果をもとに、マス・ツーリズムが優勢な状況において、観光地に生活する人びとがCBTというマスツーリズムとは異なる観光形態の価値をどのように見出し、取り入れようとしているのかを考察することで、現代世界において実践されている新しい観光現象の性質を明らかにする民族誌である。

 

(紹介文執筆者: 岩原 紘伊 / 2021年6月21日)

本の目次

まえがき

  主な略語一覧 本書に記載する主な人名一覧

序論 問題の所在と理論的背景

    1 国際観光の発展と功罪――オルタナティブ・ツーリズムとしてのCBT
    2 人類学における観光研究――批判的検討
    3 アクター・オリエンティッド・アプローチ――仲介者と「翻訳」
    4 調査方法とプロセス
    5 本書の構成

第1章  開発、環境運動、NGO

    1 制度化される開発
    2 開発による生活の再編
    3 ポスト・スハルト期のアダットと環境運動
    4 民主化、NGO、村落開発
    小括

第2章 バリにおける観光開発と社会

    1 バリと観光開発
    2 バリ人の日常生活と観光
    3 バリ社会の現在
    4 岐路に立つバリ観光
    小括

第3章 村落エコツーリズム NGOによる観光開発

    1 NGOとしてのウィスヌ財団
    2 ウィスヌ財団と村落エコツーリズム
    3 村落エコツーリズムの運営
    4 村落エコツーリズムの伝達
    小括

第4章 村落エコツーリズムの村 I村の事例から

    1 I村の概要
    2 I村における村落エコツーリズム
    3 村落エコツアー
    4 エコツーリズム観をめぐるズレ
    小括

第5章 村落改革運動としての村落エコツーリズム A村の事例から

    1 A村の概要
    2 A村における村落エコツーリズム
    3 慣習村に働きかけるメンバー
    4 マストラ氏の村落エコツーリズム解釈
    小括

第6章 NGOアクティビストたちの活動の作法 World Silent Dayキャンペーンを事例として

    1 多元化するバリ社会とNGOコミュニティ
    2 NGOの協働――World Silent Dayキャンペーン
    3 バリの環境運動の現在
    4 協働のための作法
    5 往還の先にある関係性
    小括

第7章 村落観光開発をめぐる試行錯誤

    1 CBT開発をめぐるNGOと行政のせめぎあい
    2 村落エコツーリズムから村落エコロジカル・ツーリズムへ
    3 Bali DWEの普及をめぐる試行錯誤
    4 プロジェクトと社会運動の狭間で
    小括

結論 まとめと展望

    1 ポスト・スハルト期バリにおけるCBTの「翻訳」
    2 社会運動としてのCBTの促進
    3 今後の展望

あとがき

参照文献 索引 写真・図表一覧

関連情報

受賞:
2021年度国際開発学会賞・奨励賞 (国際開発学会 2021年11月)
https://jasid.org/2022/02/nl-33-1-awards/
 
2020年度著作奨励賞 (観光学術学会 2021年7月)
https://jsts.sc/archive/prize
https://jsts.sc/wp-content/uploads/2021/07/iwahara.pdf