東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

中国伝統芸能の写真3枚

書籍名

中国伝統芸能の俳優教育 陝西省演劇学校のエスノグラフィー

著者名

清水 拓野

判型など

346ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年3月25日

ISBN コード

9784894892941

出版社

風響社

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

中国伝統芸能の俳優教育

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本書は、芸能教育の学校化とは何かについて考察するものである。伝統芸能は徒弟制をとおして伝承されることが多いと思われているが、本書では、学校化が著しい中国伝統演劇・秦腔 (中国西北地域の伝統芸能) を事例とし、それに関する20年間のフィールドワークの成果をもとにして、文化人類学の視点から芸能教育の学校化の特徴を具体的に詳述している。分析的視点としては、人類学的演劇研究、民俗芸能研究、芸の教授・学習研究の3つのアプローチを組み合わせ、(1) 演劇学校の教育現場での芸の教授・学習過程の共時的な特徴、(2) 中華人民共和国建国前後から現在までの徒弟制から演劇学校への歴史的な変遷過程にみる芸能教育の学校化、というミクロとマクロの両方から、芸能教育の学校化というテーマを多角的・重層的に記述・分析している。また、本書では、徒弟制から演劇学校への学校化の過程の特徴を取り上げるだけでなく、学校化の教育効果と社会的評価や、学校化に抗う勢力の存在にも注目している。
 
本書の学術的・社会的意義は、次のとおりである。本書は、徒弟教育の事例を中心に取り上げてきた従来の芸能教育研究に、学校教育における教育実践の事例を付け加えたという意味で重要な貢献をしている。とりわけ、伝統芸能教育の学校化が世界各地でみられ、芸能教育のひとつの発展方向を示しつつある現状を考えると、その意義は大きい。さらに、本書で提示する「学校化」という概念は、おもに社会主義国家・中国の実情を踏まえたものであるが、社会主義国家に限らず、他の国や地域の教育の近代化を分析するうえでも幅広く応用が利くものである。その意味では、本書のそうした知見は、教育史研究にも貢献できるものである。
 
一方、本書は、教育研究ではあるが、文化遺産研究にも貢献できる可能性を秘めている。本書で事例とする秦腔という伝統芸能は、中国で国定の無形文化遺産に認定されており、学校教育をとおして伝承されている。中国では、秦腔のように歴史的価値があり、ある程度の規模の実践者集団を抱える伝統芸能や伝統文化を積極的に発展させる (dynamic inheritance) 国策を推進している。そして、無形文化遺産を衰退させないように、受動的に保護・保存するだけでなく、さらに発展・革新させようとしている。そうした状況にある無形文化遺産の伝承のあり方について考える場合、文化遺産化した伝統芸能が教授・学習されている学校教育現場に目をむける本書のミクロな視点は、芸の伝承のあるべき姿や問題について明らかにしてくれるので、きわめて有益である。文化遺産研究は文化の伝承 (transmission) のあり方に常に注意を払ってきたので、本書で示すような芸の教授・学習過程への文化人類学的な眼差しは、もともと文化遺産研究とも親和性が高く、学校化していない無形文化遺産芸能の伝承問題について考えるときも、大いに役立つであろう。

 

(紹介文執筆者: 清水 拓野 / 2021年12月3日)

本の目次

まえがき
序論 秦腔と芸能教育の学校化
 一 はじめに
 二 本書の問題関心
 三 従来の芸能研究の視点
 四 本書のめざすもの
 五 本書の構成
第一章  陝西省西安市と秦腔
 一 調査地について
 二 秦腔とは
 三 秦腔の芸能的特徴
 四 秦腔と民俗文化
 五 秦腔の現状
第二章  俳優教育の歩みと調査の概要
 一 秦腔の俳優教育の歴史的背景
 二 新中国の演劇学校に関する研究
 三 調査の概要
第三章  稽古現場からみた俳優教育
 一 芸の教授・学習過程への視点
 二 演劇学校について
 三 俳優教育の特徴
 四 稽古現場の概要:ある日の稽古
 五 身体構築過程としての稽古:段階的な身体作り
 六 教育目標としての“個性”:芝居の稽古の基本目標
 七 教育方法としての口伝:その重要性と位置づけ
 八 学習資源としての「銅鑼:太鼓」言語:稽古に介在する言語実践
 九 稽古現場における師弟関係:芝居の教師の特徴
 まとめ
第四章  組織的文脈における俳優教育
 一 徒弟教育とは
 二 演劇学校の組織構造
 三 入学の過程:人材選別の始まり
 四 役柄選別と役柄別修業:役柄が決まる仕組み
 五 身体条件や能力に応じた教育的配慮(因材施教)
 六 定期試験:その三つの側面
 七 教授法の変容:芸能教育の近代化の一側面
 八 卒業の過程:プロの役者への道
まとめ
第五章  俳優教育の学校化を考える
 一 学校化とは
 二 芸能教育の学校化とは:秦腔の事例からみえるもの
 三 秦腔の俳優教育の今後:芸能教育の学校化の行く末
 四 学校化のもたらす問題:教育効果をめぐる複数の解釈
 五 秦腔の俳優教育のその後
 六 学校化の比較考察
 まとめ
結論
あとがき
参考文献
演劇関連用語の解説
写真・図表一覧
索引

関連情報

清水 拓野
https://researchmap.jp/shimi2004

受賞:
第1回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2020年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書籍紹介:
【国際コミュニケーション学部】清水拓野教授が中国伝統芸能の俳優教育に関する本を出版 (関西国際大学ホームページ 2021年4月27日)
https://www.kuins.ac.jp/faculty/english/news/_11527.html