東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

金色の光が差し込む壁

書籍名

〈叫び〉の中世 キリスト教世界における救い・罪・霊性

著者名

後藤 里菜

判型など

364ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年

ISBN コード

978-4-8158-1040-5

出版社

名古屋大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

〈叫び〉の中世

英語版ページ指定

英語ページを見る

ヨーロッパの中世。輝かしい文化・文明が生まれた「古代」と、その古代文化が復興し技術や芸術が咲き誇った「ルネサンス」との間に挟まれた、一見地味な時代である。
 
中世の特徴として、キリスト教が世界を覆っていることが挙げられる。聖職者や修道士が時代や文化の率い手であり、文字の読み書きも独占していた。他方で、大多数を占める一般信徒たちは、声と音の世界に生きていた。そこで本書は、声の特別な一形態である〈叫び〉という切り口から、一般信徒の心性をふくめて中世ヨーロッパ世界全体を照らし出そうと試みたものである。
 
受肉したイエス・キリストは磔刑の際、十字架上から神に叫んでいる。それはまさに人間たる者、神に救いを求めて願う際には〈叫び〉を発するものだ、ということを示す原風景のひとつである。
 
いっぽう、〈叫び〉には罪のしるしとしての意味も明白であった。聖人が治癒を施す悪魔憑きは動物のような悲鳴を発していたし、あの世で苦しむ罪人の〈叫び〉が井戸から聞こえてくるなどという話もありふれていた。
 
つまり〈叫び〉は救いと罪、双方と繋がるものだったのである。本書では、修道院の戒律や慣習律、修道士の伝記・著作、聖人伝・聖女伝、エクセンプラ集、異界探訪譚や年代記などさまざまな史料を通して、その繋がりのありようと変容を追いかけてゆく。
 
第一章で〈叫び〉のおおまかな全体像を捉えた上で、第二章・第三章ではその意味・役割に変化が見いだされる12世紀後半・13世紀以降に焦点を当てる。第二章では敬虔な女性たちに、第三章では、一般信徒たちの参加した宗教運動に着目する。
 
キリスト教世界の女性のプロトタイプはイヴ、楽園追放の原因をつくった罪深い存在である。また、男性が魂や理性と結び付けられたのにたいし、女性は身体や感情と結び付けられがちであった。感情的な女性は怒ったり泣いたりして叫んでおり、女性は罪のしるしとしての〈叫び〉と結びつけられていた。
 
ところが、12世紀頃から変化がみられる。キリスト教が浸透し受難のイエス・キリストへの信心が深まることで、たとえば、十字架上で苦しむイエスに心とからだで共鳴しながら叫ぶ女性たちが現れる。さらには神に向かって叫ぶのみならず、神から〈叫び〉を授かる女性さえ出てくる。かような救いの〈叫び〉は、人間たちをどこへ連れてゆくのだろうか。
 
集団での宗教運動では、〈叫び〉はもともと大切な構成要素だ。皆で叫べば秩序を形成できる。だが、神へ、神へと外に向かって叫んでいたはずの人々が、自分の内側にそのこだまを見いだしはじめるとしたら――。
 
神と人、人と人をつなぐ〈叫び〉。それをあちらからこちらへ、多様な史料をめぐりながら探り当て辿っていった本書が、ひっそりとした中世ヨーロッパの魅力を伝えるものになっていれば、と著者としては切に願っている。
 

(紹介文執筆者: 後藤 里菜 / 2022年7月11日)

本の目次

はじめに
 
第1章 救いの叫び、罪の叫び
 A 日常的信心業、聖なる世界との繋がりにおける〈叫び〉
   1 〈祈り〉と〈叫び〉
   2 聖人崇敬、奇跡の実現と〈叫び〉
   3 異教の「残滓」と〈叫び〉
   まとめ
 B 悪魔と罪人の〈叫び〉
   1 悪魔と悪魔憑きの〈叫び〉
   2 煉獄・地獄の〈叫び〉
   3 異界からの来訪
   まとめ
 結 び 
 補論1 中世の音楽と〈叫び〉
 
第2「敬虔な女性たち」の叫び
      ――「新たな聖なる〈叫び〉」の展開
 A 盛期中世以降の〈霊性〉の展開と「敬虔な女性たち」の台頭
   1 霊性史の枠組み
   2 「敬虔な女性たち」の〈霊性〉とその展開
 B 新たな〈霊性〉と「聖なる〈叫び〉」の変容
   1 救いと聖性の〈叫び〉
   2 罪と贖いの〈叫び〉
   3 神から与えられる〈叫び〉
 結 び 
 補論2 感情の〈叫び〉を追って
 
第3章 集団的宗教運動と〈叫び〉
 A 十字軍運動の中の一般信徒 ―― 神の〈叫び〉、神への〈叫び〉
   1 十字軍と「神の思し召し」の〈叫び〉
   2 少年十字軍と〈叫び〉
   まとめ
 B アレルヤ運動、鞭打ち苦行運動
    ――〈身体〉の宗教運動と〈叫び〉のゆくえ : 13世紀から14世紀
   1 アレルヤ運動 (1233年) の〈叫び〉
   2 鞭打ち苦行運動と〈叫び〉の展開
   3 北イタリアと北ヨーロッパの地域差をめぐって
   まとめ
 C ジェズアーティ会の運動とビアンキ運動
    ――〈救い〉への「過程」となる〈叫び〉の展開 : 14世紀後半
   1 ジェズアーティ会の運動
   2 ビアンキ運動
   まとめ
 結 び 
 補論3 絵画から見る世俗の〈叫び〉
 
 おわりに
 
 あとがき
 註
 参考文献
 索 引

関連情報

受賞:
第2回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2021年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
書評:
櫻井康人 評 (『図書新聞』第3533号 2022年3月5日)
https://www.unp.or.jp/syohyo2022#22050603
 
書籍紹介:
[自著解説]『〈叫び〉の中世―キリスト教世界における救い・罪・霊性―』 (ALL REVIEWS 2021年12月13日)
https://allreviews.jp/review/5710