東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

線路のイラスト

書籍名

鉄道会社の異常時放送の改善に向けたアクションリサーチ 教材開発と指導の効果検証

著者名

山内 香奈

判型など

298ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年3月31日

ISBN コード

978-4-7599-2428-2

出版社

風間書房

出版社URL

書籍紹介ページ

英語版ページ指定

英語ページを見る

近年、大都市圏の鉄道において、事故や災害などで列車の運行が突然停止したり、大きく乱れたりする輸送障害時 (異常時) に、列車の運転がいつ頃再開されるのかという見込み時刻に関する情報が、比較的速やかに駅や車内の乗客に案内されるようになってきた。しかし、このような速やかな案内がなければ、乗客は駅や車内でひたすら情報を待つことを余儀なくされ、必要な対処行動 (例えば、仕事先に遅れる連絡を入れたり、迂回経路を利用したりする等) もとりづらくなり、より大きなストレスに晒されることになる。本書で示す研究を開始した当初は、乗客はそうした事態に頻繁に遭遇しており、深刻な社会問題となっていた。
 
我々の生活や仕事に頻繁に影響を与える輸送障害そのものの防止が重要であることは言うまでもないが、同時に、輸送障害が起きたときに、乗客が被る不便や不満を緩和することも強く望まれている。本書はそのような乗客の心理面に着目し、案内放送に焦点をあて、複数の鉄道会社と協力し、より良い案内放送のあり方を策定するとともに、鉄道会社の社員向けの教材と指導法を段階的に開発・実践して、その効果を検証したアクションリサーチである。
 
本書で示す研究の特徴は、著者が研究当時に所属していた研究機関の特性を活かした研究テーマに対し、社会科学の研究方法や社会心理学の理論を適用しながら、社会実装しうる成果を得ることを目指し行われた点にある。これまで個々の研究成果については心理学の学術誌や鉄道の業界誌などに発表してきたが、研究の全体像やその成果については世の中に広く還元する機会がなかった。そのため、本書を刊行物として世に送り出す機会を得たことは筆者として大きな喜びである。
 
本書の第1の目的は、筆者らが行ったアクションリサーチについて述べ、鉄道会社の異常時放送の改善を果たす上で、どのような心理学的問題に着目し、また、その具体的解決策としてどのような教育的介入方法が有効であるかを実証的に示すことである。また、それらを通じ、社会課題の解決を目指すアクションリサーチの一つの範型を示すことが本書の第2の目的である。それは、(1) 社会課題を同定し、(2) その背景にある心理的・組織文化的要因を抽出し、(3) 新たな介入案を提案した上で、(4) その実現可能性や社会的合意、(5) 介入策の検証、といった一連の流れを体系的に行っていく思考プロセスと、企業現場という現実的制約の中で、ひとつひとつの論証を多様な社会科学の研究手法 (質問紙調査や面接、実験等) を駆使して研究を積み重ねていく研究姿勢をも含むものである。
 
心理学が学校教育場面やカウンセリングなどの臨床場面の他に、我々の身近で生じている現実の問題に対して、企業・組織との協働によるアクションリサーチという形で実践的な問題解決に役立ち、社会の発展に僅かながらも寄与する可能性があることを、読者の方に知っていただきたい。
 

(紹介文執筆者: 山内 香奈 / 2022年7月25日)

本の目次

はじめに
 
第I部 アクションリサーチの全体像
 
 第1章 異常時放送の改善に対する社会的要請
  1.1 異常時放送の改善に対する社会的要請と心理学的観点からの検討意義
  1.2 異常時放送とは
 第2章 異常時放送が内包する心理学的問題とその解決アプローチ
  2.1 問題が見出されたタイミング
  2.2 研究開始時に見出された問題
  2.3 研究の推進過程で見出された問題
 第3章 鉄道会社との協働による組織開発
  3.1 組織開発の定義と歴史的背景
  3.2 組織開発の手法
  3.3 診断型ODのプロセス
  3.4 ODの実践を支える価値観と筆者に期待された役割
  3.5 ODの概要
 第4章 アクションリサーチの目的・方法と本書の構成
  4.1 目的
  4.2 アクションリサーチの特徴と研究のステップ
  4.3 方法
  4.4 本書の構成
 
第II部 問題行動とそれを支える意識の同定
 
 第5章 A社のこれまでの経緯と旅客意識の把握 (研究1)
  5.1  経緯
  5.2  輸送障害に遭遇した直後の旅客への質問紙調査 (研究1)
  5.3 クライアントへのフィードバック
  5.4  本章のまとめ
 第6章 鉄道従業員の意識と案内行動の把握 (研究2~研究4)
  6.1 駅社員への面接調査 (研究2)
  6.2 駅社員への質問紙調査 (研究3)
  6.3 指令員への面接調査 (研究4)
  6.4 クライアントへのフィードバック
  6.5 本章のまとめ
 
第III部 目標行動の同定と組織規範化に向けた検討
 
 第7章 目標行動の試案とその効果検証 (研究5)
  7.1 問題と目的
  7.2 方法
  7.3 結果
  7.4 考察
  7.5 補足的検討:運転再開見込み情報に関する媒体別の情報取得行動と信頼度
  7.6 クライアントへのフィードバック
  7.7 本章のまとめ
 第8章 目標行動の実現可能性と社会的受容性 (研究6・研究7)
  8.1 指令から発信される情報に関する調査 (研究6)
  8.2 同業他社および他産業への調査 (研究7)
  8.3 クライアントへのフィードバック
  8.4 A社でのアクションの実施
  8.5 本章のまとめ
 第9章 旅客の不満の規定要因としての異常時放送 (研究8)
  9.1 問題と目的
  9.2 先行研究
  9.3 方法
  9.4 結果
  9.5 考察
  9.6 クライアントへのフィードバック
  9.7 本章のまとめ
 
第IV部 行動変容支援としての教材・指導法の開発と効果検証
 
 第10章 目標行動の促進教材の開発と効果検証 (研究9・研究10)
  10.1 研究の背景
  10.2 教材の試作とその評価 (研究9)
  10.3 教材の改修とその評価 (研究10)
  10.4 クライアントへのフィードバックとODの終結
  10.5 本章のまとめ
 第11章 B社での教材の汎用性と長期的効果の検証 (研究11)
  11.1 問題と目的
  11.2 方法
  11.3 結果と考察
  11.4 クライアントへのフィードバックとODの終結
  11.5 本章のまとめ
 第12章 C社での教材視聴後のフォローアップ方法の実験的検討 (研究12)
  12.1 背景・問題・目的
  12.2 方法
  12.3 結果
  12.4 考察
  12.5 クライアントへのフィードバックとODの終結
  12.6 本章のまとめ
 
第V部 総 括
 
 第13章 全体的考察
  13.1 結論
  13.2 全体的考察
  13.3 研究の限界と今後の課題
 
引用文献
あとがき
牽引

関連情報

受賞:
第2回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2021年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html