
書籍名
学術選書 不法行為法 過失相殺の原理と社会 日仏比較の視点から、理論の再構築に向けて
判型など
521ページ、A5判変形
言語
日本語
発行年月日
2022年7月30日
ISBN コード
9784797282177
出版社
信山社
出版社URL
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日本民法722条2項は「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と定めている。これは、「過失相殺」制度であり、その根底には「公平」という根拠があると言われている。
両車の運転者とも不注意があって衝突して一方運転者が負傷した事例では、過失相殺されることが「公平」であろう。しかし、会社に過度の仕事を与えられ過労死した労働者は、「仕事後」によく深夜まで居酒屋で飲んでいたことで過失相殺されるべきか。また、いじめられて自殺した子に関して、その父母はその異変を気付かなかったことで過失相殺されるべきか。さらに、悪徳の勧誘に遭われてハイリスクの投資商品で老後生活のための資本を失った者は、「欲深い」ことで過失相殺されるか。
公平の内容は十人十色であり、公平という抽象的な根拠から具体的な基準・指針を探り出すことは難しい。
本書の序論は、日本の過失相殺学説史を概説したうえで、学説の対立の多くは、日本の様々な社会問題に対して様々な「公平感覚」が存在するということに生じたと指摘する。次に、この対立を打開するために、過失相殺制度に「内在」する価値に立ち返り、「過失相殺が認められているのは何のためか」という問いをしなければならないと指摘する。
この問いに応答すべく、本書の第1章は、日本における過失相殺の母法であり、判例法理によって制度が作り上げられた19世紀のフランス法を考察した。工業化に伴った労災や人身運送事故が過失相殺の法理を生み出した経緯を描き出し、過失相殺の根底には「人身事故の被害者保護」があったことを明らかにする。次に、第2章では1930年代から1950年代までを対象に、交通事故が社会問題になった時代の過失相殺論を考察し、第3章では、1985年の交通事故法の成立前後の判例法理にクローズアップする。被害者に重過失がなければ過失相殺をしないとするデマール判決は、交通事故の被害者が当然に過失相殺されるという「常識」を有する日本法とって、驚くべきものであろう。しかし、ここでも被害者の保護という目的が過失相殺の解釈の際に原理的な地位を有することが示されている。さらに、第4章では、1990年代以降の過失相殺論に着目し、リスク分配の確立が進むのにつれて、過失相殺制度の「死亡」とも言い得る現状が起きていることに着目する。
以上の考察を受けて、本書は、過失相殺制度という法制度を、加害者・被害者間での損害の分担に関するルールが確立するまでの過渡期的制度と位置付ける。すなわち、最後に、リスクに関する合理的な「損害の分配」ルールを作り、それに応じて、立法や保険などでリスクを合理的に分散することが望ましく、いつまでも過失相殺に頼り続けることは好ましくない、ということを提言する。
(紹介文執筆者: 張 韻琪 / 2022年12月16日)
本の目次
序 章
序
第1節 日本の過失相殺論
第2節 日本民法学の問題点
第3節 課題、検討対象と方法
第4節 本論文の射程
第1章 ローマ法からアレー論文(1926年)まで
序説 ローマ法
第1節 19世紀前半
第2節 19世紀後半
第3節 19世紀末期~20世紀初頭の発展
第4節 1920年代の理論発展――概念の内容の具体化、解釈論の論点の設定
第2章 1930年代からの理論発展――「推定責任における被害者の過失」への着目
前置き 1930年代以降のフランス社会――「事故の大衆化の年代」
第1節 責任推定制度の確立と被害者の過失
第2節 「自己に対する責任」(responsabilité envers soi-même)
――「被害者による損害負担」に関する理論化の試み
第3節 被害者による危険の引受と被害者の過失――概念の位置付けと概念不要論の誕生
第4節 責任制限事由と責任拡張事由
総括
第3章 1960年代から1990年代の発展――交通事故立法及び特別法による法理の分断化
第1節 新交通事故法までの判例の発展
第2節 1980年代までの学説の発展
第3節 交通事故法の立法
第4節 新交通事故法以降――脱・交通事故の時代
第5節 交通事故以外の事故における、子どもの過失相殺
第4章 1990年代以降の発展――不法行為責任の現代化と過失相殺の再定位
第1節 被害者の損害軽減/損害回避行為
第2節 契約責任の過失相殺と不法行為責任の過失相殺の区分と交錯――安全保護義務を中心として
第3節 危険の引受における被害者保護の拡大
第4節 刑事事件付帯私訴における過失相殺の可能性
第5節 債務法改正と減免責
結 章
第1節 各章のまとめ
第2節 日本法との比較
第3節 課題への応答
第4節 予想される批判と残された課題
あとがき
事項索引
関連情報
第3回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2022年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
博士 (法学) 特別優秀賞 (東京大学法学政治学研究科 2021年)