東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ブルーの表紙

書籍名

フロレンスキイ論

著者名

細川 瑠璃

判型など

310ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2025年3月

ISBN コード

978-4-8010-0862-5

出版社

水声社

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フロレンスキイ論

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本書は、パーヴェル・フロレンスキイ (1882-1937) という、日本ではほとんど知られていないロシアの思想家の思想と生涯を追ったものである。フロレンスキイは「ロシアのレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれ、数学、科学から神学、美学、芸術論、言語論に至るまで、あらゆる分野で優れた、しかし断片的な功績を残し、最終的にはスターリン時代に粛清の対象となって、歴史の喧騒の中に消えていった人物である。
 
フロレンスキイは一般に、ロシア宗教思想の代表的担い手であるとされる。19世紀末から20世紀初頭にかけて花開いたこの思想潮流が残した最も重要なテーマは、人間とは何か、人格とは何か、人間は個としての己れと大いなる全の間でどのようにして在り、また在るべきか、ということであると私は考えている。フロレンスキイはこれらの問いに対し、〈花序〉や〈形〉という概念を用いて答えているのだが、それについてはぜひ本書を読んでみてほしい。
 
このようなフロレンスキイの思想の主要な点に関しては、私は博士論文においてすでに論じていたのだが、実は本書は博士論文をただ書籍化したものではない。本書は二部構成になっており、第一部をフロレンスキイの生涯の記述にあてているが、これは博士論文のあとで大幅に書き加えたものである。当初、この生涯についての記述には、フロレンスキイに馴染みのない一般の読者に彼のことを知ってもらうというほどの意図しかなかった。だが、書き終えて振り返ってみると、フロレンスキイの思想は、その生涯と二重写しになってようやくその姿が明らかになる、〈形〉を成すものであることがわかった。私はここで、思想、あるいは作品と、その人物を切り離すことが可能であるかという一般的な問いないし論争に足を踏み入れるつもりはない (私は人生のある段階まで、むしろ両者を厳格に切り離すべきであると考えていた)。ただ、フロレンスキイ自身はたしかに、「思弁と実践的活動との調和的結合」を理想とし、またそうした特徴をロシアの思想家の誇りとも考えていたのだった。実践的活動は、記述された思想よりも一層早く時の流れの中に去ってしまう。本書でフロレンスキイの生の全貌を描けたとは到底言えないが、フロレンスキイの回想録や手紙、敬愛した神父たちに宛てた追悼文などから、フロレンスキイと周囲の人々との交流の一端を明らかにすることはできたと思う。それらはフロレンスキイの実践的活動の証である。
 
銃殺によって幕を閉じたフロレンスキイの人生は、一言でまとめれば悲劇的ということになろうが、その思想は常に生を肯定している。フロレンスキイの思想の基底には、言葉の持つ力を信頼したいという意志がある。本書がどのように読まれるかはわからないけれども、読んだ人が、記憶や言葉を過去から受け継ぎ未来へ託すという、人文学の根本的な営みに関心を持ってくれたら嬉しい。
 

(紹介文執筆者: 細川 瑠璃 / 2025年6月23日)

本の目次

序章
 第1節 研究の意義
 第2節 研究史
  1 出版史
  2 研究史  
  3 伝記研究  
  4 本書の先行研究
  5 日本における研究
 第3節 本書の記述と、フロレンスキイの思想における時間について

第1部 フロレンスキイの生涯

第2部 フロレンスキイ論
 第1章 個と全を巡る問題
  第1節 ロシア思想における個と全
  第2節 フロレンスキイの思想における個
   1 連続/不連続
   2 数の形/形としての数
   3 数の同一
  第3節 フロレンスキイの思想における全
   1 花序と音楽
   2 逆遠近法
   3 普遍の問題

 第2章 〈形〉
  第1節 〈形〉とは何か
   1 〈形〉と全体
   2 充溢
   3 〈形〉を成すことと無限
   4 部分と全体
  第2節 〈形〉の諸相
   1 表面の深み
   2 纏われるもの
   3 無限と有限とが出会うところ
   4 象徴としての〈形〉
   5 ウーシアとヒュポスタシス

 第3章 〈形〉と実体性
  第1節 虹と煙
  第2節 言葉
  第3節 記述と幾何学
   1 幾何学的一貫性
   2 幾何学の複数性
   3 記述と空間

 第4章 コスモロジー
  第1節 イコン論
   1 二つの世界
   2 もう一つの世界への移行
   3 光の形而上学
  第2節 宇宙論
   1 天動説
   2 虚数圏
   3 『神曲』
   4 天と地の区分
   5 不連続性と実無限の宇宙
   6 境界としての光
   7 人格の同一性と死

結論


文献目録
人名索引

あとがき

関連情報

受賞:
第5回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2024年)  
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html

著者インタビュー:
【研究室散歩】@20世紀ロシア思想史 後進性に葛藤し、独自性を模索したロシア (東大新聞オンライン 2025年2月14日)
https://www.todaishimbun.org/sanpohosokawaruri_20250214/
 
著者コラム:
<時に沿って> 900番教室の言霊 (『教養学部報』第647号 2023年7月3日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/647/open/647-4-04.html
 
書籍紹介:
【書籍】フロレンスキイ論 (東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部ホームページ 2025年4月15日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/awardsandbook/20250415140000.html
 
イベント:
NEW! 【3階アカデミック・ラウンジ】『フロレンスキイ論』【水声社】刊行記念 沼野 充義(WEB登壇) × 細川 瑠璃 トークイベント (紀伊國屋書店新宿本店 2025年7月4日)
https://store.kinokuniya.co.jp/event/1747885032/