樹木が立ち並ぶ小さな森のような場所、社殿以外に何もない空間、あるいはまちかどに佇むように設けられた小さな社殿や祠など、そのかたちはさまざまであるが、都市をあてもなく歩いているとたびたび出合う神社。神社は、祭礼や初詣、お宮参りや七五三などを通して、多くの人にとって身近な存在であり続けてきた。また、休息の場や子どもの遊び場、地域行事の会場として利用されることも少なくない。私たちは神社を古くから変わらず存在してきたものとして捉えがちである。しかし、その空間や社会的役割は歴史のなかで大きく変化してきた。
とりわけ近代への移行期である明治初頭には、神仏判然令による神仏分離をはじめとして、神祇官の再興や社格制度の導入、神職の官吏化など、神社をめぐる大規模な制度改革が進められた。現在私たちが目にする神社は、この時期に形成された制度や考え方の上に成り立っているのである。本書は、都市の転換期でもあった明治初頭の東京を舞台として、神社制度の構築のなかで都市の神社をめぐる空間と社会がいかに変容したのかを明らかにする。東京府行政に残された公文書や神官の日記などの一次史料を用いながら、近代の制度形成のもとで変わりゆく都市の神社の姿を描き出した。
本書の鍵概念となるのが氏子域である。氏子区域、氏子圏、氏地などとも呼ばれる氏子域は、神社の氏子町が広がる範囲を示す領域である。これらの町の共同によって祭礼が執行され、祭礼時にはその範囲を神輿が巡行する。現在みられる氏子域は、戸籍制度を補完する行政的役割を担うものとして明治初頭に形成されたものである。本書では、基本史料の精査を通じて明治期の東京全域の氏子域を初めて復元し、その成立過程を近世の氏子町分布との対応関係から論証した。神官組織の再編、無格社の管理、小祠の廃止、建築を含む境内空間の変容に至るまで包括的な分析を行うことで、近代初頭における東京の中小規模神社の実態を明らかにするとともに、氏子域が近代神社制度の基底的な要素として機能していたことを示した。
ところで中小規模神社は、大規模で著名な神社に比べて研究の蓄積が少なく、その全体像は十分に解明されてこなかった。そこで本書では、従来十分に活用されてこなかった神社行政関係の府県文書群を基本史料として用いることで、東京府下に遍在する神社群を対象とした空間的・社会的関係の網羅的な復元を試みている。本書は、神社を宗教施設としてのみならず、都市統治や地域編成に関わる制度的・空間的存在として捉え直した点において、近代都市史研究に新たな視角を提示するものである。本書を通して都市のなかの神社を見直してみると、普段は意識することのない地域のつながりや都市の歴史が浮かび上がってくるだろう。
(紹介文執筆者: 小南 弘季 / 2026年9月25日)
本の目次
第1章 近世江戸市中における氏子分布
第2章 氏子制度の成立と氏子域の形成
第3章 氏子調廃止以降における氏子域の修正
第4章 近世神職の解体と神官組織の再編成
第5章 社祠処分にみる神社の永続可能性
第6章 都市の空地としての神社境内
終章 近代における神社と都市空間
あとがき
関連情報
第6回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2025年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
著者インタビュー:
「未然課題」連続インタビュープロジェクト インタビュー#04 小南 弘季
「低密度なまち」に持続可能な社会像を構想する|小南弘季 (東京大学生産技術研究所ホームページ 2022年12月16日)
https://oec.iis.u-tokyo.ac.jp/topics/291/
イベント:
『東京の神社と氏子域』刊行記念連続イベント (コ本や honkbooks、鹿島出版会 2026年)
第1回「氏子域」から読み解く東京の古層|2026年6月28日(日) 17:00–19:00
第2回 神社の近代を考える——東京/沖縄/サンパウロを比較して|2026年8月30日(日) 17:00–19:00
NEW! 第3回 著者と巡る赤城神社氏子域|2026年10月17日(土) 午後
https://honkbooks.com/ujikoiki/
東京の神社と氏子域 (カフェおきもと 2025年3月23日)
https://ans-event2581.peatix.com/



