東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

黒、グレーの表紙に点滅した数字の模様

書籍名

フリードリヒ・キットラーの理論 筆記、感覚、数

著者名

梅田 拓也

判型など

360ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2026年2月26日

ISBN コード

978-4-13-016055-1

出版社

東京大学出版会

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フリードリヒ・キットラーの理論

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フリードリヒ・キットラーという名は、メディア研究や文化研究に関心を持つ読者であれば、一度は耳にしたことがあるだろう。彼の『書き取りシステム1800・1900』や『グラモフォン・フィルム・タイプライター』等の革新的な著作は、現代の人文学に広範な影響を与えてきた。しかし、彼は古代のアルファベットから現代のコンピュータに至る極めて広範な対象について、皮肉や冗談を交えた挑発的で難解な文体で論じており、彼の思想の輪郭を掴むことは容易ではない。その結果、これまで、彼の議論は個別具体的な研究対象への洞察を与えるものとして断片的に参照されてきたものの、その全体像や発展過程は十分に検討されてこなかった。
 
本書『フリードリヒ・キットラーの理論――筆記、感覚、数』は、キットラーの思想を主題とする日本初のモノグラフである。本書では、未公刊資料も含む彼の複数のテクストの精密な読解と比較に基づき、彼の理論の全貌を解明する。分析は、(1) 1970年代のドイツ文学研究、(2) 80年代前半の文学研究からメディア研究への移行期、(3) 80年代後半から90年代前半のメディア史研究、(4) 90年代のコンピュータ論、(5) 2000年代のヨーロッパ文化史研究、という5期に分けて進められる。これによって、文化の物理的・技術的条件を重視する「物質主義」や、文化的・社会的要因を排除する「技術決定論」だとする従来的評価を乗り越えつつ、彼の理論の連続と変化を「筆記」、「感覚」、「数」という3つの主題の絡み合いの中に浮かび上がらせる。
 
さらに本書はキットラーを取り巻く学術的・社会的環境にも切り込む。彼と同時代のドイツ語圏の人文学では、解釈学、批判理論、精神分析、存在論等の従来的な理論の遺産を引き継ぎつつ、ポスト構造主義、メディア論、システム論等の最新の理論の受容が進められていた。また同時代のドイツ社会は、学生運動の興亡、冷戦体制の緊迫、そしてコンピュータ技術の普及等、知の条件そのものを揺さぶる変化のただ中にあった。本書は、これらの歴史的背景を精査し、キットラーの理論をそれらへ応答する中で鍛えられたものとして捉え直す。そこから見えるのは、フランス現代思想の陰で相対的に注目を浴びてこなかった、ドイツ現代思想の一つの相貌でもある。
 
キットラーの理論の射程は、メディアにとどまらず、文学、哲学、宗教、教育、アート/デザイン、音楽、映画、軍事、科学史・技術史にまで及ぶ。彼の議論は、個別の領域で扱われてきた対象を、その技術的条件から横断的に捉え直すことを迫るだろう。その意味で本書は、キットラーの成果についての考察にとどまらず、今日のテクノロジー環境――とりわけ、人工知能を含む計算技術の進展が、知や文化に及ぼす影響――を考えるための枠組みへも繋がる。本書が、キットラーの理論の学説史的研究の基盤を整備すると同時に、彼が狙った領域横断的な人文学の進展の端緒となることを願う。
 

(紹介文執筆者: 梅田 拓也 / 2026年4月6日)

本の目次

序 章 フリードリヒ・キットラーを引き継ぐために
  第1節 問題の所在
  第2節 先行研究
  第3節 本書の読解方針
  第4節 本書の構成
 
第1章 書き取りシステムの理論:一九七〇年代~一九八〇年代初頭
  第1節 はじめに
  第2節 キットラーの文学研究
  第3節 キットラーの批評理論の背景
  第4節 キットラーと戦後ドイツの文学研究
  第5節 おわりに  
 
第2章 技術的メディアの理論:一九八〇年代前半
  第1節 はじめに
  第2節 キットラーの文学研究とメディア論
  第3節 キットラーの技術的メディア論の背景
  第4節 キットラーとメディア論的文学研究
  第5節 おわりに  

第3章 メディアシステムの理論:一九八〇年代後半~一九九〇年代前半
  第1節 はじめに
  第2節 キットラーのメディア史
  第3節 キットラーとシステム理論
  第4節 キットラーと戦争
  第5節 おわりに  
 
第4章 コンピュータの理論:一九八〇年代末~一九九〇年代
  第1節 はじめに
  第2節 キットラーのコンピュータ論
  第3節 キットラーのメディア実践
  第4節 キットラーとデジタルメディア論
  第5節 おわりに  
 
第5章 ヨーロッパ文化史の理論:二〇〇〇年代
  第1節 はじめに
  第2節 キットラーのヨーロッパ文化史
  第3節 キットラーとドイツ思想
  第4節 キットラーと文化技術論
  第5節 おわりに  
 
終 章 フリードリヒ・キットラーに抗うために
  第1節 総括
  第2節 展望 
 

関連情報

受賞:
第6回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2025年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
イベント:
[NEW!]【イベント&オンライン(Zoom)】 『フリードリヒ・キットラーの理論』(東京大学出版会)刊行記念 梅田拓也×大久保遼トークイベント「フリードリヒ・キットラー入門――生成AIは存在しない」 (代官山蔦屋書店3号館2階イベントスペース・オンライン 2026年5月22日
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/humanities/53437-1544530317.html
 
[NEW!]「フリードリヒ・キットラー入門――生成AIは存在しない」『フリードリヒ・キットラーの理論』刊行記念 梅田拓也×中村徳仁トークイベント (大垣書店高野店カフェ 2026年4月11日)
https://www.books-ogaki.co.jp/post/66624