
書籍名
「混血児問題」の歴史社会学 戦後日本の人種的境界
判型など
344ページ、四六判
言語
日本語
発行年月日
2026年1月30日
ISBN コード
9784788519084
出版社
新曜社
出版社URL
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混⾎児の問題でありまするが、我が国といたしましては、歴史上におきましても曾つてない重要な特異の現象でありまして……(『第十五回参議院厚生委員会第二十号』1953.2.2)
「混血児問題」とは何か。占領に伴い連合国軍の軍人や軍属が日本に進駐するなかで、彼らと一部の日本人女性の間に多くの子どもが生まれた。かれらは「混血児」と呼ばれ、教育や福祉におけるその処遇のあり方が公的な争点となった。70年前の日本において政治家の一部が未曾有の問題として重大視されていたこの問題、もしくはその渦中にあった「混血児」たちの存在を知っているかを大教室で問いかけても、手を挙げる学生は皆無に等しい。かつて国家を揺るがす重大事態とされた現象が、なぜこれほどに「忘却」されたのか。本書はこの問いから始まる。
本書では、国内外のアーカイブの文書資料、「混血児」と呼ばれた当事者たち自身の口述証言などの分析をつうじて、「混血児」およびそれと対比される「日本人」の境界がどのように策定されてきたのか、「混血児」たちがその境界のもとでどのように処遇されてきたのかを明らかにしようした。
本書が提供する示唆のひとつは、人種という境界がいかにさまざまな場面で重要視され、またそれが多面的かつ累積的に作用してきたか、ということだ。敗戦直後から一般民衆や政策立案者の間では「混血児」の誕生が懸念され、売春や生殖への統制が行われていた (第1章)。日米両政府はいずれも「無差別平等」という題目のもとで「混血児」の人種的差異を一切考慮しない――一般の「日本人」と同様に扱う――施策を講じようとしたが、それに反して一部の児童福祉施設は海外への養子縁組といった「混血児」の特異性に合わせた処遇を行おうとした (第2章)。「混血児」は一方では日本国籍の所持という事実にもとづいて「日本人」とされ、一般の学校や社会への統合が目指された。しかし他方では、白人や黒人といった背景ゆえに人種上は「日本人」ではないという見方から、海外への養子縁組が広く推進され、「混血児問題」への社会的関心の衰退が助長された (第3章)。こうした状況を経て日本のなかで子どもから青年、大人へと成長していった「混血児」たちは、学校・労働・結婚といったさまざまな場面でその出自ゆえの排除や差別にも直面することになった (第4章)。
今日、私たちは「ハーフ」や「ミックス」といった言葉を、しばしば「多様性」の象徴として肯定的に語る。しかし、そのイメージの背後で、かつて「混血児」たちをめぐって作動してきた人種的境界は消滅したのだろうか。1950年代という現代日本の原点とされる時代に時計の針を戻し、「混血児問題」というほとんどの人々にはもはや認識すらされていない過去の現象の経緯をたどることは、私たちが今日もさまざまな場面で無意識に引いている「日本人」という境界を問い直すことにもつながる。本書が人種による包摂と排除の力学を考え直すきっかけになれば、著者としてこれ以上の喜びはない。
(紹介文執筆者: 有賀 ゆうアニース / 2026年7月10日)
本の目次
1 「混血児」たちの経験をめぐって
2 「混血児問題」について明らかにされてきたこと
3 人種差別とその「不可視化」―問題設定の再考
4 「混血児」たちの経験の条件を捉える―本書の分析視座
5 「日本人」と「非日本人」の人種的境界―本書の果たす貢献
6 本書で用いる資料と本書の構成
第1章 「混血児」誕生の問題化と介入
1 占領管理体制の形成と運営
2 出生の予期と問題の同定―民衆流言における「混血児」
3 生殖統制の制度化―引揚援護・売春問題のなかの「混血児」
4 小括―「未曾有」の問題としての「混血児」
第2章 「混血児」誕生と児童福祉法体制の成立・運用
1 「混血児」の出生の背景と経緯
2 児童福祉への編入―「孤児/要保護児童としての混血児」
3 児童養護業務の展開と「混血児」―分離志向と統合志向の萌芽的相克
4 小括―「混血児」の出生と処遇をめぐる分離/統合志向
第3章 「混血児問題」の発展と統合・分離政策の形成
1 教育問題、国家的問題への発展―「混血児問題」の生成
2 解決策としての分離―施設・政府・アメリカ側民間団体の関与
3 解決策としての統合―文部省・横須賀市・神奈川県の関与
4 主流政策としての統合―教育・福祉行政における「無差別平等」原則の制度化
5 傍流政策としての分離―厚生省・民間団体における国際養子縁組事業の制度化
6 小括―なぜ「混血児」は統合/分離されたのか
第4章 統合・分離政策の運用と生活史の分岐
1 「混血児」を「日本人」にする―統合政策の展開と帰趨
2 「混血児」を「アメリカ人」にする―分離政策の展開と帰趨
3 「児童/子ども」以後を生きる―青壮年期の生活史
4 小括―制度の運用と生活史の経過がもたらしたもの
終 章 「混血児問題」と戦後日本の人種的境界
1 本書の知見―「混血児問題」の歴史的展開
2 人種カテゴリーの複合的機能と累積的帰結
3 当事者たちの概念から人種と(人種)差別を捉えなおす
4 戦後日本のなかの人種的境界
関連情報
第6回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2025年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
著者インタビュー:
「「〇〇人」の境界から社会を分析する」文化構想学部 有賀ゆうアニース准教授(任期付)(新任教員紹介) (早稲田大学文化構想学部ホームページ 2026年5月)
https://www.waseda.jp/flas/cms/news/2026/05/07/20106/
Re:Ron特集「ハーフ」当事者たち、差別経験の語られ方 SNS分析で見えた葛藤 (『朝日新聞』 2024年2月28日)
https://www.asahi.com/articles/ASS2V44NRS2NULLI004.html
書評:
ウォント盛香織 (甲南女子大教授) 評 (『週刊読書人』 2026年3月27日)
https://dokushojin.net/news/1325/
今週の本棚: ジョエル・ヨース (高知県立大学教授・日本思想史) 評 (『毎日新聞』 2026年2月28日)
https://mainichi.jp/articles/20260228/ddm/015/070/016000c
安田菜津紀 (Dialogue for People フォトジャーナリスト) 評「人種差別「不可視化」した戦後」 (『日本経済新聞』 2026年2月28日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO94678910X20C26A2MY5000/


