法セミ LAW CLASS シリーズ 憲法 解釈論の応用と展開 [第2版]
いまから約20年遡った学部生の当時、4人の教授から憲法の講義を受ける機会に恵まれた。名高い大家から、新進気鋭の若手 (現在は斯界の第一人者) に至るまで、各々の学風を反映した個性的で、知的緊張を感じさせる授業だった。シラバスの記載も簡潔で、中身は蓋を開けてからのお楽しみを、教師と学生が互いに許し合っていた時代でもある。
翻って現在の法学部や法科大学院では、とかく着実にカリキュラムをこなすことが求められている。基礎的な必修科目についてはそれもやむを得ないことだし、カバーすべき範囲の半分も終わらないのが講義らしい講義だという旧き良き時代を懐かしむ思いもない。しかしこうした傾向が「コスパのいい」勉強方法へと学生の皆さんを誘導し、結果としてスポイルしていることも確かだろうと思う。
その反面、学生を一方的に突き放していればいいというのは、教師側の居直りにも通ずるのではないか。法学部の基本科目は、多くの学生にとっては各種国家試験の科目でもあるから、そのまま放置すれば勢い、あたら若き優秀な頭脳が受験予備校から不正確な内容を流し込まれるだけで終わり、もったいないではないか。
そこで、演習書という教材の形式においてオーソドックスでありつつ、それでいてかつて自分がワクワクしたような憲法学の「いま」を読者に伝えられれば、と欲張ってみたのが本書である。だから、斯界随一の芸達者な先生が「芸事のお師匠さんには、こうした親切心が欠かせない。」という書評を本書に下さった時は、本当にうれしかった。
本書の元は、月刊誌「法学セミナー」の連載である。本格的な体系書とハウツー本の狭間にあるニッチな連載と心得て、遊び心を忘れず書いていた -- とはいえ、毎月の〆切は苦痛そのものであった -- が、単行本化された後も思いがけず広い読者を得て、版を重ねることになった。
憲法も民法や刑法と同じく、最高裁判所の判例が「活ける法」として機能している。それを内在的に整理して読者が「使える」ようになる地点へ導くことで、かえってその先で学説の真価が露わにされるように、意を用いた。そうした工夫を含め、本書が憲法学内部で検討対象となり、引用・批判されるようになったのは、多くの同業者が現在の憲法の授業内容に、また学生の学習態度に、同じ物足りなさを感じていればのことだろう。その意味で、本書は自分が独力で書いたものではなく、時代が書かせた本だとも思う。
自分よりも若い研究者が道標として扱ってくれたり、裁判実務等で多少なりとも参照されたりしているのを見ると正直面映ゆい感じもするが、その後はこれと言ったヒットも打てない日々が続き、「本書が著者の最高業績だった」と後世評されるおそれの方が、当面は問題である。その面では著者にとって重荷でもある本書だが、読者のニーズがある限り、引き続き判例・学説の発展に応じて手を加えていきたいと願っている。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 宍戸 常寿 / 2016)
本の目次
1 公共の福祉
0 はじめに
1 公共の福祉に関する従来の議論
2 判例における「公共の福祉」
3 一元的内在制約説の問題点
4 二元説と新しい考え方
5 居住移転の自由
2 自由と法律
1 「新しい人権」
2 「憲法上の権利」の前提
3 一般的自由権、比例原則、法律の留保
4 戦前公法学の遺産と「公共の福祉の留保」
5 「私生活上の自由」
6 プライバシー
7 一般的自由の制限の審査
3 憲法上の保護の範囲と程度
1 憲法上の権利の保護範囲
2 表現の自由の保護範囲
3 定義づけ衡量
4 取材の自由
5 取材源秘匿
4 憲法上の権利の制約
1 「憲法上の権利の制約」の意義
2 「間接的・付随的制約」をめぐって
3 信教の自由の付随的制約と間接的制約
4 思想良心の自由の保護範囲と制約
5 法律による制約と法律に基づく制約
6 事前制約と事後制約
7 間接的制約の合憲性
5 目的・手段審査
1 憲法上の権利の制約の正当化としての比例原則
2 目的審査の重要性
3 法益侵害の危険の程度
4 手段審査
5 目的・手段の相関関係
6 均衡性の審査
6 二重の基準または審査密度
1 二重の基準論と比例原則
2 二重の基準の論拠
3 立法裁量論と「審査密度」
4 事例問題の分析の仕方
第2章 憲法上の権利・総論
7 憲法上の権利の享有主体性
0 「論点」と「論証」
1 「人権の享有主体」という問題設定
2 外国人の人権
3 「法人の人権」?
4 団体の憲法上の権利
5 求められる論証
8 特別の公法上の関係
1 特別の公法上の関係をめぐる議論状況
2 憲法秩序構成要素説の問題点
3 法律の留保と刑事収容施設
4 公務員関係の特質――行政公務員と裁判官
5 自衛官の表現の自由
9 憲法の私人間効力
1 問題の所在
2 契約関係と私人間効力
3 不法行為と私人間効力
4 団体―個人の関係と私人間効力
5 個人の尊厳と「憲法的公序」
10 法の下の平等
1 平等原則と平等権――客観法と主観法
2 平等の内容――「合理的根拠」と「差別」
3 平等の審査基準または審査密度
4 合理的根拠の有無の審査
5 比例性を取り込んだ平等原則の判断
第3章 憲法上の権利・各論
11 政教分離
0 人権各論への招待
1 「制度的保障」をめぐって
2 厳格分離とレモン・テスト
3 判例の目的効果基準
4 類型的アプローチ
5 政教分離と信教の自由の「対抗関係」
6 統治と宗教意識
12 表現の内容規制・内容中立規則
1 問題の所在
2 「表現行為」の直接的制約と付随的制約
3 内容規制と内容中立規制の区別
4 中間審査とLRAの基準
5 適用違憲
13 文面上判断と合憲限定解釈
1 問題の所在
2 文面上判断と適用上判断
3 漠然性と過度の広汎性
4 第三者の憲法上の権利主張?
5 合憲限定解釈
6 適用上合憲と過度の広汎性の主張の連関
14 財産権の憲法的保障
1 問題の所在
2 現存保障
3 法制度保障とベースライン論
4 財産価値の保障と損失補償
5 入会権・不許可補償
15 生存権の憲法的構成
1 生存権における「論証」不在
2 「憲法上の権利」としての生存権?
3 判例における立法・行政裁量論
4 裁量統制の手法
5 制度後退禁止原則?
16 学問の自由と教育を受ける権利
1 問題の所在
2 学問の自由の理解――「特権」か「自由」か
3 大学の自治
4 教育内容への国の関与と「不当な支配」
5 教師の「教育の自由」
6 教育の機会均等と親の「教育の自由」
17 選挙権と選挙運動の自由
1 選挙権の性格論
2 一票の較差
3 選挙権行使の制限
4 選挙運動の自由
5 「政党本位」の選挙運動
18 裁判を受ける権利
1 憲法上の権利としての裁判を受ける権利
2 裁判の公開
3 訴訟・非訟峻別論
4 訴訟の非訟化と憲法32条
5 非訟事件における適正手続
6 裁判を受ける権利の制限の合憲性
7 立法による制度形成とその統制
第4章 統治機構
19 権力分立と法の支配
0 統治機構論への招待
1 伝統的な権力分立論
2 法の支配
3 新しい権力分立理解
4 委任立法
5 措置法
6 内閣総理大臣の異議
20 国民主権と代表制
1 国民主権
2 代表民主制
3 政党
4 国民発案・国民投票の合憲性
5 パリテの合憲性
21 国会
1 「政治のルール」としての憲法の規定
2 法律案の発議・提出権
3 二院制
4 再議決制度
5 議院自律権
6 議事手続と司法権
22 内閣
1 議院内閣制
2 衆議院解散の実質的決定権と国事行為の把握
3 解散権の限界
4 行政権
5 独立行政委員会
23 「執政」とコントロール
1 「執政権」論
2 国務の総理
3 「執政権」否定説
4 コントロールと協働
5 国権の最高機関
6 国政調査権
24 地方自治
1 地方自治の憲法的保障
2 道州制
3 首長制
4 条例制定権
5 法律と条例
25 裁判所
1 司法権の概念
2 行政主体間の訴訟
3 司法権の概念/限界?
4 司法権の独立
5 最高裁裁判官の任命制度
26 違憲審査制
1 付随的違憲審査制
2 客観訴訟と違憲審査
3 勧告的意見
4 違憲審査の対象
5 違憲確認判決の手法
6 違憲判決の効力
7 憲法判例の変更
第5章 総合演習
27 憲法判断の方法
1 問題の所在
2 文面審査と適用審査
3 適用違憲と処分違憲
4 典型的な適用違憲
5 適用審査から法令違憲へ
6 法令の合憲性を前提にした適用違憲?
7 法令違憲と適用違憲の使い分け
28 「憲法論」を主張する
1 「憲法論」とは?
2 憲法適合的解釈・合憲限定解釈・部分違憲
3 行政裁量とその統制
4 判断過程統制と処分違憲の関係
5 公的施設の利用拒否
29 事案の重視と判例の学習
1 判例の学習はなぜ大切か
2 「規範」と「当てはめ」?
3 判例学習のポイント
4 事案分析の「密度」を深める
5 政教分離と公的施設の利用
30 答案作成上の注意
1 問題の所在
2 答案の「書き方」はない
3 出題との関連性を意識する
4 当事者の立場から主張の順位を考える
5 人権擁護法案の合憲性
6 今後の学習のために
補論 出題趣旨・採点実感と憲法の学習
1 法科大学院と司法試験
2 出題の概観
3 出題趣旨・採点実感の読み方
4 事例問題の「考え方」
5 答案の「書き方」
6 法科大学院の授業と自学自習すべきこと
関連情報
http://www.shishido.j.u-tokyo.ac.jp/
著者インタビュー:
UTOKYO VOICES 003: 「なぜ」を忘れない。「自分は正しいのか」を問い続ける。 | 大学院法学政治学研究科 教授 宍戸常寿 (東京大学ホームページ 2018年01月12日掲載)
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/news/topics/topics_z0508_00086.html
書評:
安念潤司 評 (『法学セミナー』2011年7月号 通巻679号125頁 2011年6月)
https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/5606.html