Human Security, Changing States and Global Responses Institutions and practices
176ページ、ハードカバー
英語
2015年
978-1138803893
Routledge
本書は、日米の研究者が人間の安全保障における国家の役割を多面的実証的に分析したものである。そもそも、人間の安全保障という考え方は、ポスト冷戦構造の中で発生した様々な問題、たとえば、内戦や民族紛争で犠牲となった難民の支援などを通して、従来の国民国家の枠組みでは対処しきれない安全保障上の課題群を明らかにする中で次第に練り上げられてきた。しかしながら、人間の安全保障には弱点が存在することも確かである。たとえば、温暖化対策に関する主な言説は、環境の変化から最も深刻な影響を受けるとされている地域の住民の内発的な危機対応を見逃しており、このままでは、人間の安全保障を提唱する言説に対する懐疑が増大しかねない。本書では、こうした批判的分析を踏まえた上で、既存の国家が人間の安全保障という新しい考え方を無視できず、それに向き合うか、あるいは取り込もうとする過程の中で次第に変容し、そして国際関係にも影響を及ぼしていく過程を、以下のように具体的に描き出す。
中南米諸国は、新専制主義および新自由主義の双方の公共政策を排除する構造改革を試みているが、その過程で人間の安全保障を重視する方向性が浮上しつつある。日本国は人間の安全保障という新しい考え方を国際社会に通用させるために国連などの場で貢献してきた。2010年のハイチ地震の際に、ブラジルと中国がいち早く被災者支援を実施したことは、両国政府が欧米先進諸国より人間の安全保障により敏感であることを表明したものと解釈されるが、中国はこれを自国民への宣伝に利用する一方、ブラジルはハイチからの災害難民を受け入れることになった。グローバル経済危機が貧困層に与える脅威に関し、命の生産に関与する女性が男性より大きなダメージを受けている。日本は福島第一原発の事故にもかかわらず、原発推進の路線を放棄していないが、民主党政権下において設立された原子力規制委員会によって安全性に問題のある原発の再稼働が抑制されることになった。日本とEU諸国は人間の安全保障をめぐるグローバルな協力関係を模索してきたが、価値を重視する日本と法秩序を重視するEU諸国のあいだにはすれ違いもあり協力関係に限界が見える。日米ではともにホームレス対策によりホームレスの総数は減少したが、むしろ保護施設に収容された人数は増加しており、貧困層の不可視化が進行している。自由貿易は一般に比較優位の原則にのっとり行なわれると理解されているが、日米農産物貿易においては、生産過程で大量の水を消費する穀物や牛を水の稀少なアメリカ西部の農場から水の潤沢な日本に輸出しており、水資源の効率的使用の観点からみて不合理な選択を行っている。将来的には、アメリカでの水資源の枯渇、日本での農産物価格の高騰などのリスクが高まる。
以上のように、本書は具体的事例に即して、人間の安全保障が新たに取り組む問題群を提示している。読者は興味を持った事例から読み始めるのがよいだろう。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 丸山 真人 / 2017)
本の目次
Part I State behavior, preferences, and performance
2 Environmental change and human security (Richard Matthew)
3 Human security emergent? Post-authoritarian and post-neoliberal discourse and public policy in Latin America (David Leaman)
4 Why human security, why Japan? (Misako Kaji)
Part II The state during the human security crisis
5 Aspiring powers and human security: a case study from the Haitian earthquake (Courtney Hillebrecht and Patrice C. McMahon)
6 Gender, global crises and human security (Gale Summerfield)
7 The Fukushima disaster and human security in Japan: from "atoms for peace" to people’s peace (Makoto Maruyama)
Part III The state and international dynamics
8 The European Union, Japan, and the elusive global human security partnership (Martyn de Bruyn)
9 Promises and pretenses of declining street homelessness in the United States and Japan: a human security perspective (Matthew D. Marr)
10 Water scarcity and food security: lessons from international food crop trade between Japan and United States (Jenny Kehl)
Index
関連情報
Human Security, Changing States and Global Responses: Institutions and Practices edited by Sangmin Bae and Makoto Maruyama / Yoichi MINE (page 316-320)
http://www.ide.go.jp/English/Publish/Periodicals/De/054_4.html