「シリーズ日本の安全保障」のうちの一巻として編まれたもので、標題こそ「チャイナ・リスク」と刺激的であるが、中国を無前提に「脅威」だとすることに慎重であるべきだということを多角的に説明したものとなっている。各巻の編集者は何度も会合、合宿を開き、議論を重ねながらモチーフを練り、この中国に関連する巻においても、リアリズム的な立場を重視し、かつリスクを主張するだけではなく、解決策や、その出口も探ろうとした。
内容的には、中国の防衛費増大と海洋進出、急拡大した経済力、国境を越える環境汚染、社会不安や歴史認識問題などといった多様な側面を、多くに中堅、若手研究者が分析し、中国の脅威、リスクとされる言説が根拠としているものを解きほぐそうとしている。軍事安全保障だけでなく、経済・金融、さらには非伝統的安全保障とされる領域、国民感情を含めて包括的に「チャイナ・リスク」を検討した。
本書の特徴をあげれば以下の数点に要約できる。第一に、「誰にとっての」リスクなのか、ということに留意した点である。特に本書は、「日本の安全保障」にとってのリスクとなりえるのかどうかということに主眼を置いた。第二に、そのリスクとされるものがなぜ生まれてくるのかというメカニズムに注目した点である。そこでは、たとえば軍事の増強などに見られるように、中国の安全保障の観点から見れば、日本そのものが相手側のリスクになっているのではないかという視線をもった。第三に、さらにはいかなる場合にリスクとなるのかといった条件設定にも注意を払った。中国経済などは、日本経済にとって基本的に "チャンス" であるが、ある一定の条件下においては脅威になる。第四に、そのリスクは日中で共有されるのではないかという観点も大切にした。たとえば、環境問題や食品管理問題などについては、グローバル化にともなって、中国社会が直面している課題に日本も含めた国々もまた直面しているということである。第五に、そのリスクとされているものが、日本の安全保障にとって特有の問題なのか、他国や地域においても同様にリスクとされるのかということ、そしてもし日本に特有ならなぜそれが特有なのかということを分析しようとした。特に歴史や領土をめぐる問題での日本の位置付けなどはこの論点に関わる。
これらの議論を通じて、一般の脅威とされる中国については、相当に留保をつけければならないことが明らかになったと思われる。「安全」と「安心」という言葉の相違が指摘されることが多いが、日本社会での「認識」が多分にチャイナ・リスクという議論に影響しているのだろう。また、さまざまな日中 (社会) 間の協力などによって、そのリスクを軽減する可能性や展望についても本書では指摘されている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 川島 真 / 2016)
本の目次
I 中国から見る安全保障
第1章 東アジアの安全保障環境 益尾知佐子
第2章 党の安全保障と人間の安全保障 阿南友亮
II 中国の軍事・安全保障政策
第3章 「革命の軍隊」の近代化 岩谷 將、杉浦康之、山口信治
第4章 核ミサイル問題と中朝関係 平岩俊司
第5章 中国の海洋進出 飯田将史
III 多元化する中国とどう向き合うか
第6章 統治の弛緩 / 強化 富坂 聰
第7章 高まる社会的緊張 -- 環境問題をめぐる「政治」 阿古智子
第8章 経済リスクのゆくえ 梶谷 懐
第9章 メディア・歴史認識・国民感情 川島 真
関連情報
『毎日新聞(朝刊)』2015年5月28日
『日本経済新聞(朝刊)』2015年3月29日
鈴木隆「書評・川島真編『シリーズ 日本の安全保障5 チャイナ・リスク』(『現代中国研究』37号、2016年)