2022年秋に3期目に入った習近平政権をどのように理解するのか、またその課題は何か。これが本書の根本的な課題である。その課題について、経済、技術、社会保障、環境、政治、軍事、外交の専門家が、「中国は民主化しないのか?」、「習近平は台湾を「統一」できるのか?」といったような、日本でよく耳にする「問い」を章ごとに立てて説明している。
日本社会には、中国は分裂するものであるとか、社会にまとまりがないとか、権力闘争があるとか、一君万民、上位下達であるとか、歴史的に形成されてきた中国観が流布している。昨今では、中ロを「一枚岩」の専制主義国家だと見る見方も広がっている。これは冷戦期前後に形成された、社会主義、共産主義への懐疑にも重なる。そして、世代にもよるが、中国へのライバル意識もまた中国観に影響しよう。いずれにしても、中国を観る際には、さまざまな「眼鏡」やバイアスがあるようだが、それを拭い去るのは実は難しい。これは研究者も同じだ。だが、可能な限り、現在の中国に則して、その課題とそれに取り組む習近平政権の姿勢について考えることを本書では目指した。
第I部で経済、技術、高齢化、環境を取り上げたのは、現在の中国にとってこれらの課題がもっとも重くのしかかると考えられるからだ。経済成長は、まさに中国共産党の正当性に結びつき、技術は経済成長の動力となるが、高齢化が経済成長の足枷となる可能性がある。環境問題は、経済成長の質を決定づける。だが、習近平が求めているものは経済成長それ自体にあるのではないだろう。習近平が求めているのは共産党一党独裁の維持、継続であり、国家よりも中国共産党への権力の集中、また政権の一元的な管理統制体制の強化だ。果たして習近平政権は、社会からの支持を得ることができるのか。それを論じるのが第II部である。「良い統治」の実現、ロシア・ソ連の領袖との比較、中国の「民主」がそこでは論じられる。そして、人民解放軍の帰趨は習近平政権にとって重要な要因となろう。このような中国の国内政治のありようの延長線上に対外政策、あるいは台湾政策がある。国内統治のあり方が対外政策へと結びつき、その政策の全体像の中に対日政策もある。台湾政策も同様だ。だが、「相手」がいる外交の領域では、国内ほどにも政策は実現していかない。
本書は多角的に論点を提示するが、網羅性があるわけではないが、日本社会で多く聞かれる中国に関する疑問や「問い」を意識してテーマを選んだ。また、それぞれの章では、問いに一定の答え、説明を与えるべく、中国に則した考え方、習近平政権の目線、そして客観的な判断について説明しようとしたものだ。「一般向けの講演などでの質疑応答を意識して」というのが書き手の側の目標だったが、果たしてそれがうまくいったかどうか。もし、読者にとって中国観を広げたり、深めたりする契機となれば幸いである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 川島 真 / 2023)
本の目次
I 中国の発展は保たれるのか 中国の経済発展はサステイナブルなのか (川島 真)
1 中国経済はバブルだったのか もしそうならバブルは弾けるのか (岡嵜久実子)
1 経済バブル膨張の可能性
2 経済の減速と“灰色のサイ”への警戒
3 不動産バブル膨張の要因
4 中国の不動産バブルは崩壊するか
5 中国政府は“灰色のサイ”をどうコントロールしていくのか
2 中国はイノベーション大国となれるのか (高口康太)
はじめに
1 コピー天国と革新
2 人と金の物量作戦
3 草の根のイノベーション
4 中国のイノベーションは持続可能か
3 高齢化は中国に何をもたらすか (片山ゆき)
1 人口問題──長寿リスクの出現
2 中国の社会保障制度と福祉ミックス体制
3 社会保障財政──老後の生活をだれが支えるのか
4 富の分配──共同富裕と再分配機能
5 高齢化とイノベーション──高齢化は何をもたらすか
4 環境問題の解決はどこまでできるのか (大塚健司)
はじめに
1 党中央主導の「生態文明建設」下の環境政策
2 党中央主導の環境政策の背景
3 環境汚染対策の成果
4 環境汚染対策の課題
5 気候変動政策の展開
6 気候変動対応の展望と課題
おわりに
II 中国共産党の統治は保たれるのか (小嶋華津子)
5 共産党は「良い統治」を実現できるか
──法の支配、党組織の健全化、社会の安定化 (金野 純)
はじめに
1 習近平政権における法治の諸相
2 法規・組織・巡視─党組織健全化のための制度構築
3 テクノロジーとアーキテクチャ──複雑化する社会の安定装置
おわりに──今後の展望
6 「中華民族の父」を目指す習近平、あるいは「第二のブレジネフ」か「第二のプーチン」か
──権力、理念、リーダーシップ、将来動向 (鈴木 隆)
はじめに
1 制度による集権、集権によるシステムの変革
2 「中華民族の偉大な復興」をめぐる習近平の政治的思惟
3 「家族と個人の時代」における父権主義的リーダーシップ
4 「習近平時代」の政治発展のゆくえ
おわりに──「習近平時代」における習近平個人と支配体制のリスク
7 中国は民主化しないのか (小嶋華津子)
1 中国は民主化しないのか──近代化論の亡霊
2 中国共産党の応答
3 中国共産党の統治と中国の民意
4 中国共産党のリスク管理能力
5 日本はどうするべきか
8 人民解放軍は暴走しないのか (八塚正晃)
はじめに
1 党と軍隊、政府と軍隊との関係はどのようなものか
2 党に対する軍の影響力とクーデター未遂事件
3 党軍の専門集団化をめぐる問題
4 習近平による軍改革と党軍関係
5 軍事の智能化と党軍関係
おわりに
III 中国はどう世界で振る舞うのか (川島 真)
9 中国では「人権」をどのように考えているのか
──「少数派」と周辺地域への帰順の強制 (倉田 徹・熊倉 潤)
1 中国政府と人権
2 新疆ウイグル自治区の人権
3 香港の人権
4 「中国式」人権概念の問題点
10 中国の目指す覇権と国際秩序とはなにか (山口信治)
1 中国は米国にとって代わる覇権国となることを目指しているのか
2 中国はどのような世界を目指しているのか
3 中国は世界からどのように思われているのか
おわりに
11 習近平は台湾を「統一」できるのか──対台湾政策の理念・政策・課題 (福田 円)
はじめに
1 「台湾統一」の重要性──理念
2 「台湾統一」の手段とその可能性──政策
3 台湾や国際社会から見る「一つの中国」──課題
おわりに
12 日本は中国とどう付き合うべきか
──崩れゆく五要因と新たな関係構築の可能性 (川島 真)
1 日中国交正常化五〇周年の難局
2 第一要因──米中関係を中心とする国際環境
3 第二要因──台湾問題などの東アジアの国際関係
4 第三要因──日中間の経済関係
5 第四要因──日中双方の内政
6 第五要因──日中双方の国民感情
おわりに──崩れゆく五要因と新しい日中関係
あとがき
関連情報
石塚迅 (山梨大学教授) 評 (『中国研究月報』第78巻第1号 2024年1月)
https://www.institute-of-chinese-affairs.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%9C%88%E5%A0%B1
公明新聞 2022年12月5日
関連報告書:
「習近平政権の羅針盤」 (中国情勢研究プロジェクト 2021年度研究成果)
https://www.kawashimashin.com/?p=14376
対談:
[動画]【理事長対談Vol.17】中国の自画像―拡大する内外の認識ギャップ― | 川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科教授 (みずほリサーチ&テクノロジーズ|YouTube 2023年2月15日)
https://www.youtube.com/watch?v=6MnnKe02Vx4