チャイナ・インパクト 近隣からみた「台頭」と「脅威」
今世紀になってからというもの、中国の台頭が世界的な話題となっています。経済成長を続け、日本でも「爆買い」が話題になるほどの影響力をもつようになった中国は、社会科学の領域でもいくつかの挑戦的問いを投げかけるようになっています。中国はアメリカの覇権に異を唱え、新しい国際秩序を形成しようとするのか。中国が成長するようになった最大の理由は何か、またその発展モデルは他の途上国にも適用可能か。共産党の独裁体制は経済成長とともに破綻をきたさないのか。多くの興味深い問いが、今、中国の台頭めがけて投げかけられています。
もっとも、その答えは一様ではありません。中国の国内でも、これらの問いに対する答えが異なるように、中国を外から眺めている国々も、中国の台頭をそれぞれに理解・評価しているからです。アメリカのPew Research Centerが実施してきた世界規模の世論調査でも、中国をめぐる評価や視点が国によってずいぶんと異なっていることが確認されています。アジア域内では、こうした意見の違いは時に大きな問題をもたらします。中国の影響力のめぐる評価が中国の国内外で異なるとすれば、それ自身、新たな摩擦を生みだす可能性があるからです。ところが、アジア太平洋地域が、そもそもどのような文脈から中国の台頭を眺めてきたのかについては研究蓄積がなく、対話をしようにも基礎となる資料がありませんでした。
こうした状況を打破しようと、2014年からサントリー文化財団の研究助成を受け、国際協働プロジェクトを開始しました。当時シドニー大学で中国研究を牽引してきたデヴィッド・グッドマン教授と連携し、アジア域内の中国研究者を糾合して、共同研究会を実施。その成果をとりまとめたのが本書です。
プロジェクト開始当時はさほどでもなかったのですが、研究会を重ねていくうちに、本プロジェクトの面白さと重要さに魅了されるようになりました。通常私たちが気付くことのない、「中国を観察する国・地域の対中関係」が中国の理解・評価そのものに大きく関与していたことがわかったからです。台湾では、中国との経済統合が政治的自律性を損なうものと理解されていますが、こうした認識は他のアジアでは共有されていません。中国との領海問題を抱える日本、フィリピン、ヴェトナムにあって、中国への脅威認識は微妙に異なっています。華僑・華人が国内世論に影響を与えるマレーシアとオーストラリアでは、その結果作られる対中イメージがほぼ正反対になっています。本書では、暫定的に4つの要素 (経済、社会・文化、国際環境、政治・メディア) から各国の対中イメージ形成を説明しましたが、これを本格的な検証の対象とするには、本書が対象としていない国も含めて、より多くのデータを集める必要があります。現在進めている科研費プロジェクトは、まさにそのためのものです。
多くの若い読者が本書を手に取られることを、心から期待しています。
(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 園田 茂人 / 2018)
本の目次
I 主権・領海問題を抱えて
第1章 台湾――反中運動発生の力学
第2章 ヴェトナム――揺れ動く対中認識
第3章 フィリピン――分裂する国内の利益と中国評価
II 華人世界の中の多様性
第4章 タイ――不安定な国内政治が生み出した対中関係
第5章 マレーシア――親中心理を支える構造
第6章 インドネシア――多様性が生み出す対中政策
第7章 オーストラリア――中国脅威論の歴史と現在
終章 チャイナ・インパクトの作動メカニズム