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黄色の表紙

書籍名

詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力

著者名

齋藤 希史

判型など

288ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年5月

ISBN コード

9784582837278

出版社

平凡社

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詩のトポス

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タイトルに掲げた「トポス」には、二つの意味がある。この本の「あとがき」では、それを「ある輪郭をもった特定の場所」と「定型として用いられることばの集積」とした。もとはギリシャ語。トピックという語は後者に由来する。それぞれ別の文脈で使われるのが通常であるけれども、詩歌について言えば、この二つは重なっている。「ことばと場所が積み重なるところとしてのトポス」、それをここでは描こうとしたのである。
 
副題のように添えられた「人と場所をむすぶ漢詩の力」が示すように、とりあげたのは中国と日本の漢詩であり、場所もまた、洛陽に始まり、西湖や涼州などを経て、江戸、長安へと至る。かといって、歌枕を訪ねての文学散歩といったものではない。むしろ、ある土地である詩が生まれ、それによって人の生が土地に結びつき、媒介としての詩がこんどは土地の表象となって新たな詩を生み、そうしてことばが土地に積み重ねられ、人がそこに自らの在りどころを定めるさまを見ようとした。
 
「あとがき」には、次のようにも書いた。「人は天に浮かんで生きることはできない。住むにしても旅をするにしても、どこかの土地、どこかの場所に在らねばならない。そこで得られた感覚、経験、記憶が、人の生をかたちづくる。詩人は、その一つ一つを詩によって伝える。もとより詩と生は同一ではなく、詩には詩の秩序がある。詩は生のあらわれというよりも、そこに生を委ねることでかたちを得ようとするものだと言ってよいかもしれない」。
 
そうしてみると、詩は、どこかに仮住まいの空間を作ることと似ているように思える。建築などという大がかりなものではない。そのあたりにある枝や石や草を使って、動線を確保し、落ち着く場所を定める。眺望があってもよいし、何かに囲まれているのも悪くない。ただ地面に石を並べただけでもいい。それだけで空間に輪郭が生まれる。そして誰かが作ったその場所に、誰かがまた仮住まいをする。それは小さな庭のようだとも言える。
 
詩を読むことはたのしい。漢字で書かれた詩、つまり漢詩は、漢字という文字の特性を活かしたり、その担い手であった人々の知識世界をあちこちに埋めこんだりするので、あれこれ注釈が必要になってしまうのだが、慣れてくると、その注釈すらおもしろくなってくる。小さな庭や部屋をあちこちめぐるようなもので、お気に入りの場所が見つかれば、何度も訪れたくなる。
 
最後に、小さな工夫について。日本では漢詩の本というと、上に原句があって下にその訓読が付されているという形式が一般的で、ついつい訓読だけを読んでしまうことになる。漢詩は、漢字がただ並べられているところがいいのに、ちょっともったいない。というわけで、この本では原詩をまず掲げた後で、訓読を別に添えることにした。好きな詩だけ拾い読みしてもいいように、巻末には索引もつけた。詩をたのしんでいただければ嬉しい。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 齋藤 希史 / 2018)

本の目次

その一  洛陽
           花と娘/天津橋/履道里の閑居
その二  成都
           罷官/秦州/浣花草堂/草堂のモザイク
その三  金陵
           謝宣城/今古 一に相い接す/金陵の夢
その四  洞庭
           洞庭之野/洞庭之山/左遷の地/岳陽楼
その五  西湖
           最も湖東を愛す/鏡湖を羨まず/恋うるに堪う
その六  廬山
           悟りの空間/山水詩の誕生/表現の舞台/廬山を望む
その七  涼州
           蒲萄美酒/夜光杯/涼州詞/黄河遠上白雲間/涼州の王維/長河落日円
その八  嶺南
           則天武后の登場/張説の貶謫/神⿓の変/逐臣の唱和/嶺南の山水
その九  江戸
           ⾦龍山/永代橋/墨堤の桜/無用の人/江戸の終焉
その十  長安
           新しき都/相い望むも相い知らず/五陵の佳気/曲江のほとり/王都の回復/詩人の憂い/只だ是れ黄昏近し
 

関連情報

書評:
好書好日:蜂飼耳 評 「土地と言葉をめぐる上質な旅」(『朝日新聞』 2016年6月19日掲載)
https://book.asahi.com/article/11592719
 
レビュー:坪内稔典 評 「土地に積もる人々の思い」(『東京新聞』『中日新聞』 2016年9月4日掲載)
https://www.bookbang.jp/review/article/517551
 

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