2018年夏に「働き方改革関連法案」が成立し2019年4月から一部施行されます。これによって残業時間にこれまでよりも厳格な規制がかかったり、雇用形態間の不合理な待遇格差が禁止されたりすることになりました。これらの政策は、自殺をも引き起こす長時間労働や正社員とそれ以外の雇用形態の労働者の間の大きな待遇格差といった社会問題の解決を目指したものです。しかしながら、これらの政策が労働時間や雇用形態間の待遇差にどのような影響を与えるのかを理解するためには、そもそも労働時間はどのように決定されるのか、雇用形態間の賃金格差はどのようなメカニズムで発生するのか、といった点を理論的に整理する必要があります。メカニズムの正しい理解の上に立って初めて、これらの政策が所期の目的を達成するのか、政策担当者が予期していなかった副作用を引き起こさないのか、といったことを予測できるようになるのです。メカニズムの根源的な理解に当たり有用なのは、ミクロ経済学を応用して労働時間の決定や賃金の決定を説明する労働経済学の理論です。
理論が想定しているメカニズムが正しいかどうか、これをデータを用いて検証するのが実証分析です。たとえば、労働時間を短くすることを目指した法定労働時間 (この時間を超えると雇用主は割増賃金を支払わないといけない) の削減が労働時間を実際に減少させたのか、また賃金にどのような影響を与えたのかをデータを用いて検証することになります。もっともこのような実証分析を正しく行うことは容易ではありません。労働時間規制を例にとると、厳しい労働時間規制が課せられるのは長時間労働が問題視されているからであることを考えると、労働時間規制が厳しいほど労働時間が長くなるという傾向があり、単純にデータを眺めると厳しい労働時間規制が労働時間を長くしているようにも見えてしまうためです。このような困難を乗り越えて、労働時間規制が労働時間に与える因果効果を推定するための手法を計量経済学は提供しますが、それらを駆使するのが労働経済学の実証分析です。
このように労働経済学は経済理論と計量経済学を車の両輪として現実の問題に切り込んでいきます。労働経済学は労働問題という身近な問題を題材にして、社会現象を対象にして科学的に考えるとはどういうことかを実例をもって具体的に教えてもくれます。そしてその思考法は社会にでてどのような分野に進むにしても重要な基礎となるでしょう。このように理論と実証が有機的に結びついた労働経済学の魅力を伝えることを目指してこの本を執筆しました。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 川口 大司 / 2018)
本の目次
第2章 労働供給
第3章 労働供給モデルの応用
第4章 労働需要
第5章 労働市場の均衡
第6章 補償賃金格差
第7章 教育と労働市場
第8章 技能形成と外部・内部労働市場
第9章 労働市場における男女差
第10章 これからの日本社会と労働経済学
関連情報
Book Information: 編集担当者による書籍紹介 (『法学教室』No. 449 2018年2月)
http://www.yuhikaku.co.jp/static_files/BookInfo201802-16507.pdf
受賞:
大阪大学社会経済研究所 第3回森口賞 (2001年)
第52回日経・経済図書文化賞 (2009年)
第4回円城寺次郎記念賞 (2015年)
第11回石川賞 (2016年)
第13回日本学士院学術奨励賞 (2017年)
第13回日本学術振興会賞 (2017年)