東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

生成り色の表紙にオレンジ色の四角模様

書籍名

危機と雇用 災害の労働経済学

著者名

玄田 有史

判型など

264ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2015年2月25日

ISBN コード

978-4-00-061022-3

出版社

岩波書店

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危機と雇用 - 災害の労働経済学

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筆者の玄田有史は、2006年から所属する社会科学研究所の「希望学」という研究プロジェクトの実地調査のため、岩手県釜石市に頻繁に訪れるようになりました。その釜石を2011年3月11日に東日本大震災と津波被害が襲いました。
 
震災から数ヶ月経った頃、以前からの釜石の友人に「今、被災した人たちが、一番希望していることは何だろう」と尋ねました。そうすると、その人は「忘れ去られないこと」と答えました。
 
震災の記憶を継承し、未来の被害を最小限に抑え、そして復興を進めていくために、今の自分に出来ることは何か。私は、様々なデータを用いて、事実を事実として未来の世代のために残すことだと思いました。私の専門は、経済学のうち、働くことにまつわる問題を中心に考える労働経済学といわれるものです。そこで震災がもたらした影響を、労働という観点から考えてみることにしました。
 
事実を残すために、まず総務省統計局が震災から1年後に実施した『就業構造基本調査』を個々の調査票情報に遡って検証しました。調査では、都道府県レベルではなく、市町村レベルの情報が得られたため、まさに被災した市町村での状況を把握することが出来ました。
 
その結果、わかったことの一つは、震災などの自然災害は、もともと仕事の面で必ずしも恵まれていなかった人を、さらに厳しい状況に追い込むということでした。非正規雇用、女性、若者、大学に進学しなかった人など、震災で仕事を失ったり、再就職が難しくなっていました。
 
さらに津波や原発事故によって、愛着を持って住んでいた地域から遠くに避難しなければならなくなった人ほど、やはり働くことが難しくなっていました。社会的共通資本と呼ばれる地域固有の資源(人間関係を含む)を失うことが、いかに仕事にとって重要であるかを、その結果が物語っています。
 
政府の統計だけでは把握できないことについては、独自にアンケート調査を実施することで、考察を深めようと考えました。被災後にいち早く復興を遂げている企業には、経営者の強いリーダーシップ、独自の営業力や技術力を持つといった特徴が、データからも浮かび上がってきました。
 
さらに震災は、日本人の希望にも影響を与えていました。震災前の日本社会では、自分らしい仕事をしたい、安定した高い賃金の仕事がしたいなど、希望の中心に仕事をすえる傾向がみられました。ところが震災後は、何よりも家族こそが希望と考える傾向が強くなっていました。
 
筆者は、震災直後、政府が設置した復興構造会議にも検討部会委員として参加したことがあり、その経験から学んだことも、本のなかでは言及しています。
 
本書のあとがきでは「今なお東日本大震災がもたらした困難のなかにあって奮闘する人々の努力に対し、ここで示されたいくつかの事実が、冷静と熱意の両方を持ってさらに一歩前に踏み出すためのわずかでも後押しになることを願」うと、記しました。
 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 玄田 有史 / 2017)

本の目次

第一章 震災前夜
第二章 震災と仕事
第三章 震災と雇用対策
第四章 震災と企業
第五章 震災と希望
終章 危機に備えて

関連情報

書評:
玄田有史著 『危機と雇用』- 災害の労働経済学 (澤田康幸 評) 日本労働研究雑誌 2016年2・3月号 (No.668)
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/02-03/pdf/083-097.pdf#shohyo_3
 

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