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水色から黄緑のグラデの表紙

書籍名

危機対応学 地域の危機・釜石の対応 多層化する構造

判型など

448ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年6月30日

ISBN コード

978-4-13-030217-3

出版社

東京大学出版会

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地域の危機・釜石の対応

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本書は、東京大学社会科学研究所の全所的プロジェクト研究「危機対応の社会科学」が、岩手県釜石市で実施した、危機対応学・釜石調査の研究成果である。
 
地域では、次元や期間が異なる複数の危機が折り重なっており、一つの危機への対応がかえって別の危機を深刻化させる恐れもある。例えば津波被害という突発的な危機に対応するための巨大防潮堤の建設や大規模な嵩上げ工事は、巨額の費用と長い時間を要し、それ自体が復興を遅延させ、人口収縮という慢性的な危機を進行させてしまうことにもつながる。そして、危機が複層的に同時進行し、相互に作用しあう事実は、釜石などの震災被災地にとどまらない、多くの地域に共通するものである。では多層的な危機の構造に直面している地域を象徴する存在として、釜石とそこに生きる人々は、それらにいかにして対応しようとしてきたのか。そしてこれからも対応しようとしているのだろうか。私たちは、序章、終章を含む全16章を通し、この共通の問題の考察に、それぞれの視点から挑んだ。
 
まず序章では、戦後釜石における危機の歴史を、短期的な対応を要する突発的な危機 (自然災害など)、中期的な取り組みが必要な段階的な危機(産業構造転換など)、そして長期的に付き合っていかねばならない慢性的な危機 (人口収縮など) という三つの層に分解した上で、それぞれの危機への対応のあり方を検討する。そして、こうした危機の多層化が、地域における危機対応を複雑にし、的確な対処を困難にしていると論じた。この問題提起を受けて、第I部「政治と行政の危機対応」では、危機に直面した際における首長と行政の対応、そして地域防災の役割について考察した。次に第II部「経済主体の危機対応」では、企業や行政による地域経済をめぐる危機対応を、地域企業や港湾、鉄道といった具体的な事例に即して論じた。第III部「地域社会の危機対応」は、地域社会における危機のあり方と個々人による様々な対応について、法制度、教育、住宅再建といった多面的な視角から分析した。さらに第IV部「地域の記憶と危機対応」では、地域の記憶をいかにして次世代に語り継ぐかという問題について、震災の記憶だけでなく、漁業や祭りといった社会的、文化的営みにまで視野を拡げて検討した。そして最後に、終章が「小ネタ」という日常語をキーワードとしながら、地域が衰退という危機を回避し、未来を創造するための道筋を構想している。危機が多層化し、複雑化している地域では、全体構造の把握が困難となり、エンジニアリング的な大ネタのみによる対応は難しくなる。そこで、人々がその場所で見聞きした具体的な材料をもとに生成される、ブリコラージュ的な小ネタの積み重ねによって、住民が主役の地域再生がはじめて可能になる。地域では、いま、小ネタ (=住民アイディア) の自然な積み重ねとしての大ネタ (=行政施策) の形成が求められている。これが本書の結論である。
 
多くの地域で共通する多層化する危機の進展という事実に対し、果敢な試行錯誤と不断の挑戦を続ける釜石市の事例から、あるべき対応のヒントを見出していただければと思う。

 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 中村 尚史 / 2020)

本の目次

はしがき(中村尚史・玄田有史)
 
序 章 戦後釜石における危機の多層化――災害・産業構造転換・人口収縮(中村尚史)
 
第I部 政治と行政の危機対応
第1章 震災と地域の収縮――「二重の危機」への対応(佐々木雄一)
第2章 危機において政治にできること,なすべきこと――釜石の未来図とその責任(宇野重規)
第3章 財政からみる釜石市の危機対応力 ――役立った力と今後必要な力(荒木一男)
第4章 災害対策本部というドラマ――転用組織の入れ子構造(竹内直人)
第5章 多層化する地域防災――トリガーや心持ちの重要性(佐藤慶一)
 
第II部 経済主体の危機対応
第6章 地方企業のフューチャー・デザイン――地域内の関係・外部からの調達(高橋陽子・中村圭介)
第7章 釜石港の再生と地域の危機対応能力 ――T字路から十字路へ(橘川武郎)
第8章 三陸鉄道をめぐる希望と危機――地域公共交通経営の普遍性・特殊性(二階堂行宣)
 
第III部 地域社会の危機対応
第9章 個人の危機と法制度――地域における法化と制度化の間隙(飯田 高)
第10章 高校生人口の減少と高校生活――通学範囲広域化の影響分析(田中隆一/近藤絢子)
第11章 住宅再建までの判断と道程――同じ町の人々の異なる8年間(西野淑美・石倉義博)
 
第IV部 地域の記憶と危機対応
第12章 記憶の社会的チカラ――記憶と共に生きるための歴史実践(梅崎 修・竹村祥子・吉野英岐)
第13章 魚のまち,途中の時間――危機と共に生きる人々と水産業(高橋五月)
第14章 つながること,つづけること――まつりを復興させる意味(佐藤由紀・大堀 研)
     
終 章 危機対応と希望――小ネタが紡ぐ地域の未来(玄田有史・荒木一男)
    
あとがき(玄田有史・中村尚史)

関連情報

危機対応学ホームページ:
https://web.iss.u-tokyo.ac.jp/crisis/center/
 
書籍紹介:
地域の危機・釜石の対応 ―多層化する構造― 東大社研/中村尚史/玄田有史編 (危機対応学ホームページ)
https://web.iss.u-tokyo.ac.jp/crisis/pub/books/post-4.html
 
折々のことば:1873 鷲田清一 (朝日新聞 2020年7月12日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S14546604.html
 
【著作紹介】地域の危機・釜石の対応 ―多層化する構造 (東洋大学ホームページ 2020年5月)
https://www.toyo.ac.jp/library/academic_book/academic_book2020/9784130302173/
 
関連イベント:
【危機対応学】合評会「地域の危機・釜石の対応」(オンライン)の開催について (東京大学社会科学研究所 2021年6月27日)
https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2021060400041/
 
復興釜石新聞アーカイブ: 釜石の実践知を手がかりに、東大社研が報告会~危機対応と希望との関係考える (緑とらんす 2020年2月26日)
https://en-trance.jp/news/kamaishishinbun/22858.html

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