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書籍名

華僑華人の事典

著者名

華僑華人の事典編集委員会 (編)

判型など

620ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年11月

ISBN コード

978-4-621-30176-0

出版社

丸善出版

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華僑華人の事典

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「華僑」や「華人」というと、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。中国に出自を持ち海外に暮らす人々やその子孫、という大まかな定義の上では恐らく異論も少なかろう。しかし、もう一歩踏み込んでその典型的な姿はとなると、イメージはかなり拡散するのではないだろうか。たとえば、中華街でレストランや小売業を営む商売人、過酷な現場で苦力 (クーリー) として働く労働者、あるいは広範なネットワークを駆使し旺盛に事業を展開する企業家、はたまた先進諸国に留学し活躍のチャンスを掴んだエリートやその予備軍、などといった具合に…。また、彼らを社会・文化、そして政治的にどのように位置づけるのかをめぐっても、移住先の現地に根差した存在と見るのか、それとも故郷の中国に連なる存在と見なすのか、といった具合に、大きく二極化した見方が存在している。
 
このように、明確に実体として存在するようでいて、その実つかみどころなく様々な像を結ぶ華僑・華人という対象をめぐって、この『華僑華人の事典』では、主に日本を拠点に一線で活躍する総勢159名の研究者が、全3部13章に整理されたテーマごとに多角的に解説を加えている。東京大学からも多数の研究者が執筆に携わっており、また10名から成る編集委員会には総合文化研究科から津田浩司 (編集幹事) と谷垣真理子 (編集委員) が参画している。
 
本事典は上述のように大きく3部構成となっており、これに加え、華僑・華人を扱った文献・資料・展示などの紹介や移動統計などを含む「付録」が付いている。
 
第I部「総説」(全5章: 概説5、項目64、コラム5) では、歴史、経済、政治、生活・文化の各面から華僑・華人を位置づけるとともに、これまでどのような研究視角から華僑・華人が分析されてきたのかを扱う研究史の章を設けている。各章のもとには、全体としてマクロな歴史・政治的変動の中で華僑・華人の移動 (あるいは再移動) と定着 (ホスト社会への包摂とは必ずしもイコールではない) の実態やその過程を把握する視座が得られるよう、項目・コラムが配されている。
 
続く第II部「地域別」(全5章: 概説5、項目96、コラム9) では、日本、東アジア (送出地の「僑郷」地域も含まれる)、東南アジア、南北アメリカ、その他の地域に分け、それぞれの地域の文脈や歴史過程に根差しつつ華僑・華人の経験や彼らの置かれた状況、そしてその特異性を深堀りできるようになっている。日本語で書かれた事典として日本に関する章の記述が大幅に充実しているのに加え、(近年になって移動が顕著化したことなどもあり) 華僑・華人に関する動向があまり知られていないヨーロッパ・オセアニア・アフリカ・南アジアなどの地域もカバーしていることが、特筆すべき点であろう。
 
そして本事典の一大特徴である最後の第III部「フロンティア」(全3章: 概説3、項目32、コラム5) は、前2部が比較的オーソドクスな枠組みから華僑・華人を分析するのに対し、文字通りフロンティアともいうべき領域から / の中で華僑・華人を捉えようと試みている。そこでは、グローバリゼーションの流れを牽引・利用したりそれに巻き込まれつつ展開する華僑・華人の新たな動態を扱うとともに、彼らがどのように描かれたり自ら情報発信してきたのか、記録・展示など表象の側面について紹介している。さらに、従来いわゆる漢族に偏重して語られてきた華僑・華人像を大幅に相対化すべく、中国内に暮らす少数民族の移動と定着の過程についても特に1章を割いて解説を加えている。
 
以上の構成のもとに配されている各項目・コラムは、一線の研究者が実地データを含む最新の研究成果をもとに、見開き2ページ (一部4ページ、コラムは1ページ) で読み切れるよう分かりやすく丁寧に記述している。本事典を手に取った読者はきっと、ネットなどで検索して得られる用語解説的な情報とは質的に異なる有機的な議論の中で、それぞれのトピックを理解することができるだろう。そして本事典を通読したならば、冒頭で試みに列記したような華僑・華人のイメージが (いずれも全くの間違いとはいえないが)、あくまでも時代や地域、それに特定の視角に基づいた断片的・限定的な像であって、通時的にも共時的にも多様な姿を見せてきた / いる華僑・華人の実像のほんの一部しか反映していないことに気づくことだろう。もちろん、始めから順に読み進めるのではなく、項目・コラムのタイトル、あるいは充実した索引を手掛かりにして、気になった部分からつまみ喰い的に読んでみるのも悪くない。いずれにしても、華僑・華人についてより深く知りたい、あるいは同対象をテーマにこれから研究を始めたり、より深化させようとする者にとって、この事典は最良の手引きとなるであろう。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 津田 浩司 / 2018)

本の目次

第I部 総説
1章  華僑華人の歴史
2章  華僑華人の経済
3章  華僑華人の政治
4章  華僑華人の生活・文化
5章  華僑華人についての研究史
 
第II部  地域別
1章  日本
2章  東アジア
3章  東南アジア
4章  南北アメリカ
5章  ヨーロッパ、オセアニア、アフリカ、南アジアなど
 
第III部 フロンティア
1章  グローバリゼーション
2章  マイノリティ・グループの移住と定着
3章  記録と展示
 
付録
 

関連情報

書籍紹介:
「苦力を含む中国人の国際的移動の意味を解説する書籍」(岐阜新聞コラム「分水嶺」2018年8月27日)

書評:
『華僑華人研究』第15号 2018年11月刊

 

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