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白い表紙に水玉模様のイラスト

書籍名

社会づくりとしての学び 信頼を贈りあい、当事者性を復活する運動

著者名

牧野 篤

判型など

288ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年3月23日

ISBN コード

978-4-13-051338-8

出版社

東京大学出版会

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社会づくりとしての学び

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筆者は、ここ数年、全国各地の市町村やさらにその基層にあるコミュニティに出かけて、様々に展開されるまちづくりの現場にかかわる機会が増えている。そこでは、この社会が、ようやく、確実に、草の根の人々の生活において、深い、構造的な変容を起こそうと動き始めていることを感じ取ることができる。その動きの主役は、地域コミュニティの住民なのだが、そこで垣間見えるのは子どもたちとくに中学生・高校生たちの新しい姿である。
 
この草の根の動きはまた、要求する住民自治から「つくりだす住民自治」へと、コミュニティのあり方を変えつつある。それは、過去の経済成長の記憶の桎梏からようやく解き放たれた住民たちが、自らコミュニティを生成し、引き受け、それを次の世代にきちんと受け渡そうとする運動として生まれているものだといえる。そして、その蔭に、経済成長という体験を持たない子どもたちが、先達がつくった豊かな社会の資産を受け継ぎながら、しかし既に拡大しない経済の時代において、その物質的な豊かさを、価値的な豊穣性へと組み換えようとするかのようにして、自らこの社会を引き受け、次の社会へと歩ませようとしている姿が見え隠れしている。そこでは、価値の多元性と対抗性を基本にして、対話による新たな価値の生成が不断に行われ、子どもたち自身が新たな生活の価値をつくりだす実践を進めて、自分をこの社会に位置づけていく、そんな動きを目にすることができる。
 
自分の生の空虚さに苛まれて、意味を求めるのではなく、むしろ自らの価値を他者の価値と交流させて、常に新たな価値を生み出し、そのプロセスで新たになっていく自分を他者と共に感じ取り、そこにうれしさや楽しさを見出すことで、新たな価値を生成し、流通させようとするような、新たな経済が動き始めているのだといってよい。
 
このような社会では、既存の規範権力は換骨奪胎されて、新たなコミュニティをつくりだす自由を権利として保障し合う、関係性の権力へと組み換えられ、社会は所与性を前提とする分配・所有という静的な構造の社会から、生成と変容を基本とする動的な構造をもつコミュニティが多様かつ多重に構成するものへと変化する。
 
この社会では、人々の存在そのものが他者との〈間〉に立ち上がり、人々が自己を存在させようとする「運動」そのものが、他者をも新たにつくりだしつつ、そこに信頼を贈りあう関係、つまり〈社会〉を生み出し、それが〈生活〉でもあるというプロセスを形成する。この一連の自己と社会の変革のプロセスこそが、新たな〈学び〉を構成する。
 
本書では、このコミュニティのあり方を、個人と個人が形成する社会ととらえるのではなく、個人が個体ではなく関係態である存在であり、かつ集合体である住民・国民として構成する〈社会〉と措くことで、その個人の変容のプロセスそのものが〈社会〉の生成のプロセスでもあることを描き、そこに当事者性の復権を見ようとしたものである。そのプロセスこそが〈学び〉である。このアイデアは、筆者が各地で魅力的で刺激的な実践を進めている住民と触れる中で、生まれてきたものである。そして、実践の現場にかかわることで、筆者自身が確かに当事者になるプロセスに巻き込まれていると感じる。この筆者自身の変容のプロセスそのものが、研究の過程でありながら、研究の手法でもあるものとして起ち上がっているのである。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 牧野 篤 / 2019)

本の目次

[章立て]
はじめに 学ばないではいられない私たち
序  章  〈社会〉をつくる実践
第1章  「必要」の分配から「関係」の生成へ
第2章  〈社会〉の構成プロセスとしての〈学び〉
第3章  社会における〈学び〉と身体性
第4章  おしゃべりでにぎやかなものづくり
第5章  多世代が交流してつくる〈社会〉
第6章  「農的な生活」の幸福論
終  章  当事者性の〈社会〉へ
おわりに わくわくを贈りあう〈社会〉へ
 

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