東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

薄いクリーム色の表紙に子供の描いた絵

書籍名

「つくる生活」がおもしろい 小さなことから始める地域おこし、まちづくり

著者名

牧野 篤

判型など

212ページ、四六判、並製

言語

日本語

発行年月日

2017年1月11日

ISBN コード

978-4-86581-085-1

出版社

さくら舎

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「つくる生活」がおもしろい

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「長い箸の寓話」と呼ばれる話がある。概ね次のような内容である。
 
地獄にはご馳走がたくさん用意されていて、長い箸がおかれている。しかし、箸は長すぎて、食べ物は自分の口に入らない。だから、地獄の亡者たちは飢えて争っている。天国はどうか。天国にもたくさんのご馳走が用意され、長い箸がおかれている。地獄と変わらない。しかし、天国では誰もがお腹いっぱいになって幸せに暮らしている。なぜなら、天国では人は互いに食べさせてあげているからだ。
 
この話で重要なのは、地獄も天国も同じ社会であるのに、一つの違いで、人は飢えていがみあうようになるのか、皆が満腹で幸せに暮らせるのかが分かれるということである。それは、社会に対する信頼感である。地獄では、誰もが社会を信頼していない。他者を信頼していないだけでなく、社会そのものを信頼できない。だから、誰もが我先にご馳走を食べようとして、食べられず、飢えて争うことになってしまう。天国ではどうか。誰かにご馳走を食べさせれば、その人からではなくても、自分にも誰かがご馳走を食べさせてくれるかもしれない。そう思える、つまりそういう信頼感があるとき、人は誰かにご馳走を食べさせようとするのではないのか。しかも、そこには、相手の喜びを自分の喜びとしようとする心の働きがある。
 
私たちが生きる昨今の社会は、この地獄のような社会なのではないか。豊かなのに、誰もが、他人に対してだけではなく、社会にも信を置くことをせず、自分だけが食事にありつこうと、我先に、がむしゃらに箸を振り回しているだけで、どんどん飢えていってしまう社会、それがいまの日本社会の一面であるように見える。
 
しかし他方、草の根の様々な「まちづくり」の動きを追ってみると、そこでは、お互いにご馳走を食べさせあおうとする動きが、確実に生まれている。それはまた、自分の目の届く範囲のちいさなコミュニティで、お互いに関心を持ち、信頼感を高め、頼り頼られることが自立であることを実践的に形とする一つの生活の営みでもある。そこでは、人々は「学び」を基盤として、「生活」をつくり、「社会」をつくって、それを経営することで、自分の思いを実現していく「楽しさ」を体現する存在として、他者との間に起ち上がっている。
 
本書は、過去のような拡大再生産の社会ではなくなったこの社会で、小さな「社会」をたくさんつくって、住民自らが経営することで、新しい社会の基盤をつくりだそうとする、各地の人々の実践を紹介したものである。そこでは、私たち自身が、日々、自分を他者との間で新しくしていくという、どうしようもない駆動力が働いていることが見出され、また「社会」をつくる楽しさをともに享受するという、新しい消費社会の姿がとらえられることとなる。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 牧野 篤 / 2018)

本の目次

はじめに—見えない「つくる」をつくる

第1章  下り坂社会のただなかで

第2章  人とつながる、社会とつながる

第3章  一人ひとりが社会のフルメンバーとして生きる

第4章  ちいさな「社会」をたくさんつくる

あとがき
 

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