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バラと田園風景のイラストが表紙

書籍名

NHKテキスト こころをよむ 見つめ合う英文学と日本 カーライル、ディケンズからイシグロまで

著者名

斎藤 兆史

判型など

192ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年12月25日

ISBN コード

978-4-14-910980-0

出版社

NHK出版

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見つめ合う英文学と日本

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明治以来、日本人は様々な形で英文学と関わってきた。英文学は西洋の文物を知るための文献、英語教材でもあり、教養を高めるための読み物でもあった。そのように多様な機能を持って受け入れられた英文学だが、日本で読まれてきた作家・作品は、必ずしも英文学の「正典 (canon)」とは一致しない。なぜこの作家・作品が日本人に好まれたのか。それを考えると、日本人にとって英文学とは何だったのかが少しばかり見えてくる。また、英国作家の中には、日本に興味を持ち、その諸相を描いた人がいる。彼らは一体日本に何を見たのだろうか。本書は、日本人の心と響き合った英文学の作家・作品の一部を扱うが、それらは大きく二つのグループに分けられる。日本人が愛読し、精神的に大きな影響を受けた作家・作品と、日本を描いた作家・作品である。
 
まず、トマス・カーライルを取り上げたのは、明治の偉大なる国際人新渡戸稲造の愛読書『サーター・レサータス』の著者だからである。カーライルは、明治の他の知識人たちにも愛読されたが、その著作には日本人の心をつかむ普遍的な魅力があるようだ。チャールズ・ディケンズは正典中の正典。ただし、『デイヴィッド・コパフィールド』の一つのエピソードの翻訳たる若松賤子の「雛嫁」は、西洋の夫婦像を紹介して日本人を啓蒙する意味合いを持っていた。ラドヤード・キプリングは、帝国主義者と誤解されがちだが、その作品では東西和合を説いており、新渡戸稲造はそれにいち早く気付いていた。バートランド・ラッセルとサマセット・モームは、英文学研究というより英語学習において読まれてきた作家である。いずれも名文家として評価され、昭和の受験英語界にはなくてはならない存在であった。
 
日本を描いた作家として、まずノーベル賞作家カズオ・イシグロを取り上げる。彼が描く日本には、彼のアイデンティティの揺らぎが垣間見える。ラフカディオ・ハーン (小泉八雲) は、日本を愛し、日本に溶け込もうとしたため、その作品には、実際以上に美化された日本が見える。旅行家イザベラ・バードは明治の日本を旅し、そのいいところも悪いところも素直な目で見て観察し、『日本奥地紀行』に書き記した。詩人ジェイムズ・カーカップは、日本人英語学習者のために多くの随筆を書いたが、それらを読むと、彼が次第に戦後の日本に失望していく様がうかがえる。R・H・ブライスは、「天皇の人間宣言」として知られる詔書の草稿の作成にも関わる一方、俳句と禅を学び、さらに西洋文学の中にも禅が息づいていることを示した。
 
これらの作家・作品を改めて読んでみると、英文学を通じて教養を身につけた日本人が戦後の高度経済成長を経て、次第にその教養の根幹をなすdignity「品格」を失ってきたことがよくわかる。我々は、改めて英語文学から新しい時代の教養を学ぶ必要があるのではないか。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 斎藤 兆史 / 2018)

本の目次

はじめに
第1回  序——日本と英文学の出会い
第2回  新渡戸稲造の愛読書——トマス・カーライル『サーター・レサータス』
第3回  英文学の名作と翻訳・本案——チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』と若松賤子「雛嫁」
第4回  キプリングの東と西——ラドヤード・キプリング「東と西のバラッド」、『少年キム』
第5回  ラッセルと受験英語——バートランド・ラッセル『幸福論』
第6回  モームはなぜあれほど日本で読まれたのか——サマセット・モーム『人間の絆』、『サミング・アップ』
第7回  カズオ・イシグロはどこまで日本人なのか——カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』、『浮世の画家』、『日の名残り』
第8回  日本を愛するためにやって来た作家——ラフカディオ・ハーン『知られぬ日本の面影』、『怪談』
第9回  明治初期の日本を歩いたイギリス人女性——イザベラ・バード『日本奥地紀行』
第10回  日本で英語・英文学を教えたイギリス詩人——ジェイムズ・カーカップ『イギリス人気質』
第11回  西洋文学のなかに禅を読んだイギリス人——R・H・ブライス『禅と英文学』
第12回  結——これからの日本と英語文学
 

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