本書は二〇〇〇年代に入ってから書いた論文のうち、政治哲学的な性格の強いものを集めた論集です。
私が研究者としてのキャリアを開始したのは、一九九〇年代に入ってのことです。一九世紀フランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィルについての博士論文を執筆しました。一九八九年、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終焉しましたが、このことは、知の世界にも影響を与えました。トクヴィルは、ある意味で、この時期の変容を象徴する人物だったのです。
トクヴィルは、伝統的な社会の枠組みが崩壊するなか、個人化が進む社会の可能性と不安定性を検討しました。トクヴィルは一九世紀において、「個人主義」という言葉を最初に使った思想家の一人ですが、彼は他者と切り離された個人が、自己とその周辺の狭い世界に閉じ込められてしまう現象を指してこの言葉を使いました。個人化が進み、流動化の進む社会において、社会秩序と合意形成はいかにして可能でしょうか。彼の問題関心は、冷戦が終わり、グローバル化が進みつつあった世界において、再び独特な現代性を獲得しました。
このような時代の変化はさらに、現代フランスにおける「政治哲学」の活性化をもたらしました。かつてマルクス主義の影響が強く、左右のイデオロギー対立が激しかった時代には、異なる政治的立場にある知識人が一つの知的土俵の上で、自由やデモクラシー、平等や市民権を論じることは容易ではありませんでした。政治制度や政治的イデオロギーについて、これを社会状態や歴史の展開と関連させつつ論じる機運が、冷戦終焉後になってようやく高まったのです。結果として、二〇〇〇年代の私の研究は、トクヴィル研究を、現代フランスにおける「政治哲学の再生」と結びつけて考察することに向けられました。
関連して、本書で「政治哲学」という場合、英米圏の政治哲学を念頭に置きつつも、それとは異なるフランスの政治哲学を積極的に評価しています。現代フランスの政治哲学は、政治学、哲学、法学、社会学、歴史学を架橋し、越境する学知の試みです。本書では、現代フランスの政治哲学の視座によって、(政治的)身体論、平等と自由、保守主義、欧州統合、市民権といった諸問題を分析しています。
さらに本書では、格差や労働、「社会的なもの」や人々の紐帯について、政治哲学的な視座からアプローチしました。その際の問題意識は「リベラルとソーシャルの間」です。個人の自由や権力批判に関心をもつリベラル派と、社会問題の解決を重視するソーシャル派はいかに連携できるのでしょうか。自分たちが生活の上で直面する諸問題を、単に個人の問題としてではなく、社会の問題として、「私たちの」問題として捉え直していくことが、二一世紀のデモクラシー論のもっとも重要な課題だというのが本書の結論です。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 宇野 重規 / 2019)
本の目次
トクヴィル復興の意味
トクヴィルと政治哲学の再生―大西洋両岸におけるトクヴィル
トクヴィルとネオ・トクヴィリアン―フランス・リベラリズムの過去と現在
代表制の政治思想史―三つの危機を中心に)
第2部 フランス政治哲学の可能性 (メルロ=ポンティ/ルフォール―身体論から政治哲学へ
平等と自由の相克/相乗
保守主義と人権
政治哲学問題としての欧州統合
シティズンシップと境界線)
第3部 政治哲学から社会へ (労働と格差の政治哲学
中間集団と社会的なものの再編
社会的紐帯の政治哲学―トクヴィルを中心に
政治が社会的靱帯を語るとき)
関連情報
宇城輝人 評 (藤原書店 社会思想史学会年報『社会思想史研究』No.41 2017年9月21日)
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