絵は語り始めるだろうか 日本美術史を創る
940頁もあるんです。デザイナーの白井敬尚 (しらいよしひさ) さんが、伊藤若冲の「白象群獣図」をもとにしたしゃれたブック・カヴァーを作って下さいましたが、希望者には別売で布製の枕カヴァーをつけて、この分厚い本を枕に使っていただいてもよかったですね。ただ、本の内容は、「起きろ、目を覚ませ、眠ってるんじゃない!」と呼びかけるものです。
書名には『月刊百科』363号 (1991年) に載せたエッセイの題をそのまま用いました。巻頭にあるのがその挑発的なエッセイです。本文はそれ以降に書いたものから選びました。最後の「身体を西洋化する」の翻訳だけは、この本のために新たに加えたものです。副題の「日本美術史を創る」の「創る」は、「つくる」とも「きずつける」とも読める字です。私は日本美術史とその研究を壊そうとまではしませんでしたが、そこに創 (きず) をつけ続けて、その創から新たな何物かが生まれるようにあがいてきたつもりなのです。25年以上に及ぶ試行錯誤の軌跡がこの本です。
31篇の文章を集めたちょっと奇妙な著述集です。日本美術史の専門的な内容の論文も含まれます。たとえば、室町時代から江戸時代初期にかけての風俗画について、伊藤若冲、曾我蕭白、浦上玉堂といった江戸時代の画家の贋作や模倣作について、あるいは渡邉崋山や小林清親といった幕末から明治にかけての画家たちの作品について。ですが、そうでないもの――専門家でない人に向けて記した説明や訴えや批評や翻訳が並びます。たとえば、国立博物館などの独立行政法人化や放送大学の試験問題文削除といった、この間に起こったできごとに対する私の見解が示されています。英文からの翻訳は、かつてNew Art History (新しい美術史学) の旗手だった Norman Bryson の著書の序章と論文1編について行ないました。日本美術史の研究にとっても有益だと考えたからです。
論文の多くは、有名な作品に対して新しい読みなおしを仕掛けるものです。若冲や蕭白の作品だとして扱われているものに対して、真作ではない贋作や模倣作なのだということを詳しく分析したりもします。概説は、独自の視点から日本美術史の全体あるいはいくつかの部分について、いままでじゅうぶんに認識されていなかった事柄を明らかにしようとします。テーマも性質もさまざまに異なる文章が並んでいますので、最初から順番に読む必要はありません。どこからでも読み始めていただければ、たぶん、日本美術について考えるのはなかなかおもしろい、と感じてもらえるものと思います。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 佐藤 康宏 / 2019)
本の目次
1 絵は語り始めるだろうか
2 中国絵画と日本絵画の比較に関する二、三の問題――戸田禎佑『日本美術の見方』を受けて
3 日本絵画の中の文字
4 境界の不在、枠の存在――日本美術について私が知っている二、三の事柄
5 つなげて見る――「名作誕生」展案内
6 連想・日本美術史 附 宣伝文二篇
記述と鑑識
7 ディスクリプション講義
8 若冲という事件
9 真贋を見分ける――江戸時代絵画を例に
10 若冲・蕭白とそうでないもの
11 プライス本鳥獣花木図が若冲の作ではないこと――辻惟雄氏への反論
語りなおす (1)
12 室町の都市図
13 高雄観楓図論
14 南蛮屛風の意味構造
15 又兵衛風諸作品の再検討
16 物語絵の伝統を切断する――岩佐又兵衛「梓弓図」
17 見返り美人を振り返る
18 江戸の浮世絵認識
語りなおす (2)
19 中国の文人画と日本の南画
20 戦略としてのアナクロニズム――明末奇想派と曾我蕭白
21 蕭白のいる美術史
22 雨後の菡萏――渡邉崋山「芸妓図」を読む
23 雅の断末魔――菊池容斎「呂后斬戚夫人図」
24 近代の日本画――前近代の眼で
25 小林清親の東京名所図――「海運橋」を中心に
批評と翻訳
26 文化庁の仕事――見えない博物館
27 国立博物館・美術館等の独立行政法人化問題――美術史学会からのアピール
28 放送大学試験問題文削除事件
29 書評・選評
30 [翻訳]ノーマン・ブライソン「言説、形象――『言葉とイメージ』第一章」
31 [翻訳]ノーマン・ブライソン「身体を西洋化する――明治洋画における女性、美術、権力」
あとがき――日付のある文章の後に
図版一覧
人名索引
作品名索引
関連情報
「風景2019」 (『讀賣新聞』 2019年3月9日夕刊)
書評:
『絵は語り始めるだろうか』 (青い日記帳ブログ 2019年2月14日)
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=5387