本書は、第二次世界大戦後の日本の宗教と社会の関係について、宗教学、宗教社会学、日本宗教史の専門家たちが様々な角度から論じた章から構成されている。そのもとになったのは、東大を会場とした「宗教と社会」学会の大会におけるパネルセッションである。このパネルセッションは開催校企画であったため、私は東大のカラーを出すことを狙って、東大に関係のある研究者に発表を依頼した。戦後70年の節目に開催されたということも助けとなり、セッションは好評を博した。そこで、これをもとに、より体系的な本を作ることを目指して、カバーするべき領域を決めて、必要な章の執筆を新たに専門家に依頼した。私が編者として著者たちに依頼したのは、それぞれの領域における歴史的な転換点を示すことで、読者が戦後史を段階的に理解できるようにすることである。それ以外は自由に書いてほしいと依頼した。しかし、集まった論文を編集する際に、私は多くの著者が共通して、ある論点をとらえていることに気づいた。それは、「戦後を更新しようとする時間性」と「戦前に回帰しようとする時間性」が、戦後史を通して二重に働いているという着想である。
「時間性」とは哲学的な含意を持つ言葉である。ここでは、あるべき社会像をゴールとして設定して、今ある時間がそれに向かっていると解釈する、またそれに向けて行動していく、またそれを先取りして生きていく存在の様態として規定している。政治的な無党派層が増えれば増えるほど、このような時間性は見えにくくなっていく。逆に、無党派層が増えれば増えるほど、目に見えない二重の時間性の影響力は増していく。
この二重の時間性のせめぎ合いがもっとも見えやすい領域が宗教である。私は序論において、次のような転換点を意識することが、本書を読み解く際の鍵となることを示した。「敗戦」か「終戦」かの認識のズレ、日本の再軍備を目指す逆コース、祝日や元号・国旗・国歌の法制化による国家神道の象徴的復興、A級戦犯合祀という靖国問題をきっかけに国家神道の中心が天皇から保守派の政治家へ転換したこと、冷戦期において宗教は反共勢力として位置づけられていたこと、戦後の教団による平和主義にも変遷があったこと、冷戦後に一神教を好戦的とし、日本宗教を寛容とするような、かえって不寛容な言説が台頭したこと、オウム真理教事件の余波を受けて公明党が自民党から激しい攻撃を受けた後に、自民党と連立政権を組み、宗教が政治に屈服し、逆に反対する陣営も可視化し、分裂が深まったことなどである。
本書は、理論編、歴史編、教団編からなり、最終章では、私を含む3人の論者による座談会を収録した。この討議は、単なる過去の振り返りの場ではなく、未来を展望する場となった。環境問題、アジアとの関係、外国人との関係など近い未来に直面する社会的な課題において、国家共同体を超える公共性を持ったスピリチュアリティの追求が必要になるというビジョンが示された。
巻末には詳しい年表を付した。この年表を熟読し、熟考すれば、読者は「二重の時間性」がいかに戦後史を規定してきたかを理解でき、時代を読み解く姿勢を身につけることができるだろう。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 堀江 宗正 / 2020)
本の目次
1 いくつかの転機
2 社会構造の変化から見た戦後宗教史
3 終戦か敗戦か
4 逆コースの戦後政治
5 国家神道の象徴的復興
6 靖国問題と国家神道の中心の転換
7 反共と宗教
8 戦後の平和主義と宗教
9 一神教批判の台頭
10 三・一一後の左傾化?
11 オウム真理教事件と公明党の位置づけの変化
第I部「理論編──戦後宗教史を読むための視座」
第1章「近代の規範性と複合性――「世俗化」概念の再検討と丸山真男の近代化論」上村岳生
1 はじめに
2 近代的宗教のモデル――「市民宗教」と「公共宗教」
3 丸山眞男における近代化と宗教
4 複合的近代のなかの宗教
第2章「政権与党と宗教団体――神政連=自民党、創価学会=公明党の関係を中心に」伊達聖伸
1 はじめに
2 戦後日本における「宗教」の位置
3 宗教団体と政治の関係――構造と類型
4 神道政治連盟と保守合同運動――国家神道の復活か,脱宗教的な国民運動か
5 創価学会と公明党の軌跡――「政教一致」から自民党との連立政権成立まで
6 右傾化のなかの自公連立と宗教的なものの行方
7 おわりに
第3章「戦後宗教史と平和主義の変遷」中野 毅
1 忘れられた戦後宗教史――国家と宗教とのはざまで
2 日本国憲法に表現された平和主義
3 宗教的平和主義の諸類型
4 戦後日本における平和主義の変遷
5 おわりに
第II部「歴史編──国家と宗教の関係性」
第4章「国家神道の復興と公共空間」島薗 進
1 はじめに
2 「天皇中心の国家」復興運動・日本会議・神社本庁
3 神社本庁と神道政治連盟
4 神政連と神宮の真姿顕現
5 式年遷宮への首相参列
6 おわりに
第5章「靖国神社についての語り」小島 毅
1 はじめに
2 靖国問題は文化の相違によるものか
3 靖国神社の起源
4 靖国神社の英霊たち
5 怨親平等から怨親差別へ
6 朱子学の歴史認識と靖国神社へ
7 おわりに――靖国史観解消への一里塚
第6章「忠魂碑の戦後──宗教学者の違憲訴訟への関与から考える」西村 明
1 はじめに
2 箕面忠魂碑違憲訴訟とは
3 柳川啓一の忠魂碑理解――東京地裁における証人調書から
4 柳川説と忠魂碑訴訟のコンテクスト
5 むすびにかえて――忠魂碑の現在
第III部「教団編──諸宗教の内と外」
第7章「キリスト教と日本社会の間の葛藤と共鳴──宗教的マイノリティが担う平和主義」小原克博
1 はじめに――戦後を振り返るための基本的背景
2 戦前における国家と社会
3 戦後社会とキリスト教
4 日本における一神教批判
5 犠牲をめぐるキリスト教と国家の論理
6 おわりに
第8章「戦後の仏教をめぐる言説と政治――近代性、ナルシシズム、コミュニケーション」川村覚文
1 はじめに
2 近代と仏教
3 「戦後」をめぐる「捩れ」と仏教
4 「戦後」社会における「仏教」をめぐるポリティクス
5 おわりに
第9章「新興宗教から近代新宗教へ──新宗教イメージ形成の社会的背景と研究視点の変化」井上順孝
1 はじめに
2 戦後七〇年の変化の波
3 研究視点の変容
4 新宗教研究から何が見いだされたのか
5 宗教研究のフロンティアとしての新宗教研究
6 二一世紀の新宗教研究の課題
終章「宗教と社会の「戦後」の宿題――やり残してきたこととその未来」黒住 真・島薗 進・堀江宗正
からみあう世俗化と宗教復興
権威主義による社会的組織の解体
ゲノッセンシャフトとしての教団
国家からの超越性と責任
「国家神道」と対峙するもの――地域・いのち・スピリチュアリティ
「新しい社会運動」としての公共宗教
農業・産業・宗教
受苦のスピリチュアリティ
自己無化・自己犠牲と他者への強制
批判と反省
儒教と神道の結合
明治一五〇年をどうとらえるか――富国強兵と環境破壊
アジアとの関係,移民受入,排外主義
国家共同体を超える公共性のスピリチュアリティ
巻末年表「宗教と社会の戦後史」堀江宗正 (協力: 中野 毅・佐々木弘一)
関連情報
『週刊仏教タイムス』 2019年5月16日
http://www.bukkyo-times.co.jp/cn6/pg488.html
『中外日報』 2019年5月22日
https://www.chugainippoh.co.jp/