東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白とカラシ色の表紙

書籍名

森林科学シリーズ 12巻 [全13巻] 森林と文化 森とともに生きる民俗知のゆくえ

著者名

蛯原 一平、 齋藤 暖生、 生方 史数 (編著)

判型など

306ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年5月

ISBN コード

978-4-320-05828-6

出版社

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森林と文化

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「森林と文化」を主題に掲げた本書は、森林科学シリーズの1冊として編まれた。「森林科学」という枠組みの中で、文化を取り上げることは場違いに思われるかもしれない。しかし、森林のありさまを理解しようとする科学を「森林科学」とするならば、人間文化はその基礎的視座の一つとして置かれるべきものだろう。というのも、現実の森林のありさまは、そのほとんどが人間活動の影響を受けた結果としてのものであり、その人間活動を根底で規定しているのが文化だからである。
 
とはいえ、文化の定義はあいまいで、人によって捉え方が大きく異なることもある。そこで本書では、人々の「知」に焦点を定めて森林に関わる文化を読み解こうと試みた。人間が生み出した「知」には、私たち大学にいる人間が日常的に接する図書やデータの形で蓄積されたものや技術も含まれるが、特に表立って蓄積されないが、経験や語りを通じて継承されてきた知識や手わざもある。森と暮らす人々の「知」(本書では「民俗知」と表現した)は、多分に後者の性格を持つ。前者を「外装」された知だとすれば、後者は「内装」された知であると特徴付けることができる。
 
この「内装」された知は、人々が森とともに暮らすにあたり、実に大きな役割を果たしてきた。例えば、あるものを暮らしに有用なものであると見出し、それを獲得する技を繰り出し、同時に、取りすぎを抑制するためのしきたりに従う。こうした営みは、すべて「内装」された知がなせるわざである。しかし、この「内装」された知はいま、大きな転換期にある。多くの地域で民俗知は、近代的な「外装」された知の前に無用なものと烙印を押され、または、衰退する山村の営みとともに消え失せようとしている。その一方で、その意義を見出し、環境保全や地域振興の文脈で「活用」する動きも目立つようになってきた。本書では、世界の寒帯から熱帯にいたる各地の森林地帯でフィールド研究を行ってきた研究者(森林科学のみならず、文化人類学・民俗学を専攻する者)が、森林をめぐる民俗知の実像をつぶさに描き、その移ろいを論じる。
 
本書は、森林や自然環境について学ぼうとしている人はもちろん、科学あるいは学問に携わる人にも広く読んでいただければありがたいと思っている。というのも、自らが身を置く科学・学問界の知のあり方を内省する機会にもなりうると考えているからだ。科学技術、つまり「外装」された知が極度に発達してきた現代社会において、本書は「内装」された知の存在意義を確かめる機会になるだろう。本書が文化の視点から森林のありさまを、そしてまた人間社会の自然環境との付き合い方や人間社会における知のあり方を考える糸口となれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 助教 齋藤 暖生 / 2019)

本の目次

第1章 森とともに生きる人々の文化と民俗知
はじめに
1.1 森林との関わりとしての文化と知識
1.2 民俗知に注目する意義
1.3 民俗知から森林文化論へのアプローチ
1.4 本巻の構成

【第1部 民俗知を知る:熱帯と冷帯に暮らす森の民の事例から】

第2章 民俗知と科学知:カメルーンの狩猟採集民バカの民俗知はどのように語られてきたか
はじめに
2.1 民俗知はどのように語られてきたか
  2.1.1 エスノサイエンス研究と民俗知
  2.1.2 民俗知と科学知
  2.1.3 民俗知は生態系の保全に役立つのか
2.2 狩猟採集民バカ
  2.2.1 アフリカの熱帯雨林とピグミー系の狩猟採集民
  2.2.2 調査地の概要
2.3 バカの民俗知
  2.3.1 バカの植物知識の概要
  2.3.2 植物知識の多様性
  2.3.3 知識の創造性と状況依存性
2.4 バカの民俗知はどのように語られてきたか
  2.4.1 カメルーンの森の現在
  2.4.2 先住民運動と参加型マッピング
  2.4.3 非木材林産物 (NTFP) の開発
おわりに

第3章 森林環境問題と住民の森林観:なぜプナンは森林を守るのか
はじめに
3.1 森林環境問題と民俗知
  3.1.1 森林とくに熱帯林問題
  3.1.2 熱帯林問題の原因と背景
  3.1.3 熱帯林問題への対策と関係者の重層性
  3.1.4 住民と民俗知の位置づけ
3.2 ボルネオ熱帯雨林と住民
  3.2.1 ボルネオの概略:森林・人・開発・保全
  3.2.2 狩猟採集民と森林
  3.2.3 農耕民と森林
  3.2.4 開発・保全と狩猟採集民・農耕民
3.3 プナンによる伐採反対運動
  3.3.1 プナンが守り抜いた森林
  3.3.2 プナンが商業伐採に反対する理由
  3.3.3 NGOの役割
  3.3.4 民族間関係
おわりに

第4章 熱帯林ガバナンスの「進展」と民俗知
はじめに
4.1 熱帯林ガバナンスの「進展」
  4.1.1 保護地域の協働管理
  4.1.2 紙・パルプ企業の「自主的取り組み」
4.2 森とともに生きてきた人びとの暮らしと民俗知の現在
  4.2.1 国立公園に隣接するセラム島A村の事例
  4.2.2 産業造林地に囲まれたジャンビ州L村の事例
4.3 統治のための新たな装置
  4.3.1 方向づけられた「協議」
  4.3.2 無効化される知
おわりに

第5章 近代化と知識変容:カナダ先住民の「知識」をめぐる議論と実践
はじめに
5.1 北米における先住民の知識に関する議論
  5.1.1 どのような知識なのか
  5.1.2 ドミナント社会と知識
  5.1.3 森 (ブッシュ) の全体性
5.2 カナダ先住民カスカの森 (ブッシュ) の知識と生業
  5.2.1 獲得の過程に見るカスカの知識の特徴
  5.2.2 具体的な知識とその活用
5.3 社会の変化と「伝統的な (土着の経験的な)」知識・技術
  5.3.1 様々な変化
  5.3.2 伝承の問題
おわりに

【第2部 民俗知をつなぐ:国内山村の事例から】

第6章 和紙原料栽培の民俗知から見る新たな森林像
はじめに
6.1 日本の森林における共同の中の民俗知
6.2 和紙原料栽培における民俗知
  6.2.1 日本文化・地域社会の核としての和紙
  6.2.2 植物としての特長を活かす和紙の民俗知
  6.2.3 山の自然特性を活かす民俗知
  6.2.4 他の作物・生業との組み合わせを活かす
  6.2.5 楽しみややりがいを生み出す
  6.2.6 和紙原料を巡る民俗知とその衰退
おわりに

第7章 山を知る:森とともに生きるマタギたちの民俗知
はじめに
7.1 「生き方」としての民俗知
7.2 朝日連峰山村における山と人とのかかわり
  7.2.1 雪に育まれた朝日山地の自然
  7.2.2 五味沢地区における林野利用の歴史
  7.2.3 近代以降の狩猟の変化
7.3 春グマ猟と山の「知識」
  7.3.1 山形県における春グマ猟の法制度的位置づけ
  7.3.2 五味沢地区の春グマ猟
  7.3.3 春グマ猟の実例
  7.3.4 山の地形・地理に関する「知識」
おわりに

第8章 ありふれた資源をめぐる民俗知:山菜・キノコをめぐる民俗知とその現代的意義
はじめに
8.1 森の食べものと山菜・キノコ
  8.1.1 森がもたらす食材
  8.1.2 食材としての山菜・キノコ
  8.1.3 商品としての山菜・キノコ
  8.1.4 稀少性の低い資源
8.2 山菜・キノコ採りにみる知識と文化
  8.2.1 利用対象を選ぶ民俗知
  8.2.2 採取の民俗知
  8.2.3 利用過程の民俗知
  8.2.4 小括:マイナー・サブシステンスとしての山菜・キノコ採り
8.3 山村の強みを活かした山菜・キノコの活用可能性
  8.3.1 山菜・キノコの流通
  8.3.2 長野県小谷村における山菜採りツアー
  8.3.3 福井県大野市和泉地区 (旧和泉村) の特産化
おわりに

第9章 保護地域を活用した地域振興や山村文化保全の可能性
はじめに
9.1 多様化する保護地域
  9.1.1 保護地域の定義
  9.1.2 地域「規制」型の保護地域から地域「活用」型の保護地域へ
  9.1.3 繰り返される保護地域ブーム
9.2 保護地域を活用した産業:エコツーリズム
  9.2.1 エコツーリズムの定義
  9.2.2 日本におけるエコツーリズム推進
  9.2.3 地域振興の一方策としてのエコツーリズムの有効性と限界
9.3 保護地域を活用した地域振興の動き:文化庁の動き
  9.3.1 日本遺産
  9.3.2 文化財保護法の改正
9.4 保護地域と地域振興の関係性
9.5 保護地域「指定」がもたらす地域文化への影響
おわりに

【第3部 民俗知のゆくえ:まとめにかえて】

第10章 民俗知のゆくえと現代社会
はじめに
10.1 森林文化の源泉としての民俗知
  10.1.1 民俗知の特質
  10.1.2 森の民にとっての民俗知
10.2 民俗知の近現代
  10.2.1 近代科学との対峙
  10.2.2 技術の発展
  10.2.3 市場経済の広がり
  10.2.4 近代的法制度
10.3 民俗知への期待
  10.3.1 持続的資源管理,環境保全への期待
  10.3.2 地域発展への活用
  10.3.3 地域文化の涵養
10.4 民俗知を「活用」する危うさ
  10.4.1 切り取られる民俗知
  10.4.2 単純化がもたらす懸念
10.5 民俗知をつなぐ
  10.5.1 民俗知継承の危機と課題
  10.5.2 現代社会における新たな民俗知継承のあり方
  10.5.3 「翻訳者」に求められること
おわりに:残された課題
 

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