東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に雲の形の赤い模様

書籍名

岩波新書 教育は何を評価してきたのか

著者名

本田 由紀

判型など

264ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2020年3月19日

ISBN コード

9784004318293

出版社

岩波書店

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教育は何を評価してきたのか

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ふりかえれば、私がこれまで研究者として書いてきたものはほぼすべて、「日本社会の問題点」を様々な角度から、様々なデータを使って、できるだけ説得的に示すことを目的としてきた。その際に、教育と労働市場との関係や、家族と教育の関係など、教育とその外部の社会領域との関係を取り上げることが多かった。しかし本書では、教育そのものを正面に据えて、その核となる構造を論じている。
 
教育は社会の構成員の誰もがくぐり抜ける領域であり、また歴史の中でしっかりと生活や慣習や考え方に組み込まれてしまっていることから、それを根底から相対化することはなかなか難しい。断片的な指摘や知見は多々あるが、私がやりたかったのは、日本の教育に深く染みついている原理的な特性を指摘することだった。それを本書では「垂直的序列化」と「水平的画一化」という2つのキーワードで表現している。
 
日本がいわゆる近代化に足を踏み出し、その一環として学校教育制度が導入され普及してきた長い過程をたどり直すことにより、いかに教育が「垂直的序列化」と「水平的画一化」の装置として選抜と教化の機能を果たしてきたのかを、本書では描いている。むろん他国の教育制度にも何らかの程度、これら2つの作用は観察されるものの、日本では独特な純化を遂げてしまっている。その独特さが自覚されていないことが歯がゆく、これらのキーワードを用いて説明することを試みた。
 
本書のもう一つの挑戦は、こうした教育における「垂直的序列化」と「水平的画一化」が脈々と続いてきたことの社会的要因として、言葉に注目したことである。「垂直的序列化」が宿る言葉は「能力」であり(そのバリエーションとしての「学力」および「人間力」)、「水平的画一化」が宿る言葉は「資質」と「態度」である、と本書では主張している。「能力」とは、人々の間には一元的な優劣があるということを言い表す言葉であり、「資質」や「態度」は、何らかの望ましいふるまいに適合しているかどうかという視線で人間をまさぐる言葉である。これらの言葉が教育現場や、より広くは社会の中で人が評価される際に、繰り返し日常的に用いられていることが、「垂直的序列化」と「水平的画一化」を日々再生産する働きをもっているという見方を、本書では提示した。
 
特に今世紀に入ってから、法律や学習指導要領という、教育現場を政策的に拘束する装置を通じて、この2つのベクトルは教育現場で強度を増している。選抜と同調圧力が充満する戦場のような教室の中で、子どもたちは生きている。
 
本書を執筆していたのは2019年の間であり、2020年の年明けにちょうど最終の校正に入っていた頃に、コロナ禍が世界に瞬く間に広がった。2月の末には日本政府は突然の一斉休校を宣言し、緊急事態宣言が解除されるまでほぼ3カ月にわたって日本の教育はほぼ停止した。再開後の学校は、休止中の遅れを取り戻そうとひたすらな詰め込みが行われているが、それは子どもにとっても教員にとっても著しい疲弊をもたらしている。長きにわたって支配してきた「垂直的序列化」と「水平的画一化」が圧縮された形で生じており、すでに耐えられる限度を超え始めている。
 
もうこの現状を放置しておくことはできないと私は考えている。2つの作用がふみにじってきた、日本では稀薄すぎる「水平的多様性」というベクトルを、教育の中に張り巡らしてゆくことが必要だと考える。この主張への幅広い同意を得て、制度的に実現してゆくまでは、遠い道のりが横たわっていることは知っている。しかし、あきらめるつもりはない。

 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 本田 由紀 / 2020)

本の目次

はじめに
第1章 日本社会の現状――「どんな人」たちが「どんな社会」を作り上げているか
第2章 言葉の磁場――日本の教育の特徴はどのように論じられてきたか
第3章 画一化と序列化の萌芽――明治維新から敗戦まで
第4章 「能力」による支配――戦後から一九八〇年代まで
第5章 ハイパー・メリトクラシーへの道―― 一九八〇~九〇年代
第6章 復活する教化――二〇〇〇年代以降
終 章 出口を探す――水平的な多様性を求めて
引用・参考文献
あとがき

関連情報

書評:
「道徳の教科化」が若者たちに無力感をもたらす 『教育は何を評価してきたのか』 が示す危機感 (キャリコネニュース 2021年5月30日)
https://news.careerconnection.jp/news/social/118166/
 
1つの軸で評価されるハイパーメリトクラシーな日本への警鐘―『教育は何を評価してきたのか』 (GLOBIS知見録 2021年4月10日)
https://globis.jp/article/8131
 
書評 (『歴史地理教育』 No.914 2020年9月号)
https://www.rekkyo.org/archives/5522
 
書評 (『婦人公論』 2020年7月14日号)
https://fujinkoron.jp/articles/-/2181
 
【今週の労務書】教育は何を評価してきたのか 本田由紀著 (労働新聞社 2020年6月22日第3262号掲載)
https://www.rodo.co.jp/column/92153/
 
書評 (日本経済新聞 2020年6月20日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60566560Z10C20A6MY6000/
 
本田由紀著『教育は何を評価してきたのか』を基に考える「能力」評価の落とす影【Review as Student】 (EDUPEDIA for STUDENT 2020年6月8日)
https://edupedia-for-student.jp/article/5eddb4020944e40000a58fae
 
柳煌碩 評 (『生活経済政策』No.281 2020年6月号)
http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/month2020.html
 
書評 (『週刊新潮』2020年4月30日号)
https://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20200423/
 
書評 (週刊エコノミストOnline 2020年4月24日)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200424/se1/00m/020/003000d
 
書評 (『週刊金曜日』 2020年4月17日号)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2020/04/22/book-59/
 
ラジオ出演:
「なぜ、格差社会的不安・差別が?教育観点で考える」 (TBSラジオ『ACTION (金曜:武田砂鉄)』 2020年5月8日)
https://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200508163230

 

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