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書籍名

青弓社ライブラリー 89 国家がなぜ家族に干渉するのか 法案・政策の背後にあるもの

著者名

本田 由紀、 伊藤 公雄 (編著)

判型など

176ページ、並製

言語

日本語

発行年月日

2017年9月30日

ISBN コード

978-4-7872-3421-6

出版社

青弓社

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国家がなぜ家族に干渉するのか

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周知のように、2006年12月に教育基本法は「改正」された。多岐に渡る変更点の中で特に重要なものとして、「家庭教育」に関する条項の新設が挙げられる。旧法では「第七条 (社会教育)」において他の教育機会とともにわずかに触れられるのみであった「家庭教育」は、新法では第十条において次のように規定される。「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない」ここにおいて、保護者が子の教育に対して担うべき責任とその具体的内容、加えて国と地方公共団体がそれを支援するという方向性が明確に定められた。
 
この流れに沿って、何が起こっているか。たとえば以下を見ていただきたい。
 
「この条例において「家庭教育」とは、保護者 (親権を行う者、未成年後見人その他の者で、子どもを現に監護するものをいう。以下同じ) がその子どもに対して行う次に掲げる事項等を教え、又は育むことをいう。  基本的な生活習慣 二 自立心  自制心  善悪の判断  挨拶及び礼儀  思いやり   命の大切さ  家族の大切さ  社会のルール」
 
これは、2014年12月に制定された、岐阜県家庭教育支援条例である。新教育基本法よりもいっそう詳細かつ具体的に、保護者が子どもに教えるべき内容が列挙されている。これらはいずれも望ましい事柄であって特に問題はないと感じるだろうか? しかしこれらは、明らかに特定の価値や規範に関わる事柄を私的な場である家族において教育することを強要するものであり、教育基本法の上位にある日本国憲法の第十九条、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」に抵触するものではないのか? これは「家庭」という回路を通じて、保護者たる成人世代と、被保護者たる子世代の、感じ方・考え方および行動を、一挙に統制しようとするものではないのか?
 
「家庭教育」だけではなく、結婚・離婚を含む家族のあり方全般について、「個人の尊厳と両性の本質的平等」(日本国憲法第二四条) をなし崩しにし、国家権力をはじめ外部からの介入と侵害を可能にしようとする顕在的・潜在的な動きが活発化している。そのような事態の問題点を指摘し、社会的関心を喚起するために、2017年初頭に開催したシンポジウムが本書の土台となった。
 
社会学者グブリアムとホルスタインは、家族の支配的イメージが人々に対する規範的統制の作用を果たしていることを指摘している (『家族とは何か』新曜社)。私たちはただでさえ、「良き家族」の呪縛に十重二十重に取り囲まれて生きている。しかし今、日本社会で進行していることは、人々の私的生活に対する、さらに剥き出しの、直接的な支配である。多様性と自由を圧殺するそのような動きの先には、いかなる明るい展望も存在しない。私たちは明確な認識と意思のもとで決然とNoを言い続けてゆく必要がある。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 本田 由紀 / 2018)

本の目次

序章  なぜ家族に焦点が当てられるのか  本田由紀
  1  家族と国家
  2  現状の異常さ
  3  その背景にあるもの ―― 一九九〇年代からの布石
  4  政権奪回後の自民党政治の性質
  5  教育をめぐって起きていること
  6  本書の構成
 
第1章  家庭教育支援法について  二宮周平
  1  本法案の概要と問題点
  2  文科省が実施する家庭教育支援の推進
  3  二〇〇六年法の精神
  4  比較の視点 ―― 子どもの権利条約と地方公共団体の家庭教育支援条例
 
第2章  親子断絶防止法について  千田有紀
  1  諸外国での動き
  2  日本での動き
  3  親子断絶防止法について
 
第3章  経済政策と連動する官製婚活  斉藤正美
  1  官製婚活がいつから始まったのか
  2  どうして官製婚活政策が広がったのか
  3  官製婚活は、いまどうなっているのか
  4  今後、何が広がっていくか
 
第4章  自民党改憲草案二十四条の「ねらい」を問う  若尾典子
  1  日本国憲法二十四条への攻撃
  2  改憲草案前文と「家族保護」規定
  3  改憲運動にとっての改憲草案二十四条の役割
  4  世界人権宣言十六条との比較
 
終章  イデオロギーとしての「家族」と本格的な「家族政策」の不在  伊藤公雄
  1  家族の自立と家族の保護
  2  イデオロギーとしての「家族主義」
  3  「家族主義」のパラドクス
  4  家族教育支援法
  5  「家族は一体イデオロギー」と親子断絶防止法
 

関連情報

著者インタビュー:
本田由紀さんに聞いた(その1):国家による「家庭への介入」がはじまっている (マガジン9 2017年7月26日)
https://maga9.jp/interv170726/
 
本田由紀さんに聞いた(その2):「戦争のできる国」に向かう流れに飲み込まれないために (マガジン9 2017年8月2日)
https://maga9.jp/interv170802/

書評:
家族と憲法24条 国家の「干渉好き」に枠はめる 間宮陽介 (青山学院大学特任教授・社会経済学) 評
(朝日新聞 2018年9月8日掲載)
https://book.asahi.com/article/11807225
 
【与那原恵氏選】2018年に読みたい「多様化する『家族』」(『週刊ポスト』2018年1月1・5日号)
https://woman.infoseek.co.jp/news/neta/postseven_638657
 
齋藤純一 (早稲田大学教授・政治学) 評 (「朝日新聞」朝刊 2017年10月22日)
https://book.asahi.com/article/11576495
 
週刊金曜日2017年10月20号
 

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