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白い表紙

書籍名

シリーズ・古典転生 (第25巻) フィクションの哲学 詩学的虚構論と複数世界論のキアスム

著者名

樋笠 勝士 (編)

判型など

344ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2022年3月

ISBN コード

978-4-86503-131-7

出版社

月曜社

出版社URL

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フィクションの哲学

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フィクションとは奇妙なものである。一方で、私たちはフィクションがリアルではないことを心得ている。というのも、フィクションによって騙された、などといって怒り出す人はまずいないからである。だが他方で、フィクションはリアルでなくてはならない。さもないと、それは単なる作り物となってしまい、私たちの関心を引きつけることはないであろう。ここに認められるのは、フィクションはリアルであってリアルではない、という逆説である。この逆説は例えば次のような問いとして姿を現す。私がある小説の主人公に涙するとき、私の涙はリアルなのか、それともリアルではないのか、あるいは私がこの主人公の冒険に恐れを感じるとき、私の恐れはリアルなのか、それともリアルではないのか。多くの理論家を悩ませてきたこの難問を前にすると、「絵とはなんとむなしいものだろう。原物には感心しないのに、それに似ているといって感心されるのだから」 (パスカル『パンセ』塩川徹也訳)、という警句がふと頭をよぎる。
 
本書は、フィクションのリアリティーをいかに捉えるべきかという問題を、複数世界論という観点から探求した論文集である。古代中世哲学・美学を専門とする樋笠勝士氏 (岡山県立大学) が編者を務める本書には計12の論文、4つのエッセーが収められ、容易な要約を許さない。以下では、私の寄稿した論文を紹介するにとどめたい。
 
私が着目したのは、「美的仮象 (der ästhetische Schein)」という概念である。というのも、それはフィクションの逆説を凝縮した仕方で映し出しているからである。フリードリヒ・シラー (1759–1805) の美学理論に由来するこの概念は、近代美学の中心概念の一つをなす (あるいは、少なくとも、長らく近代美学の中心概念の一つをなしてきた)。とはいえ、この概念は Schein というドイツ語特有の (〈輝き〉でもあれば〈欺き〉でもあるという) 多義性と結びついており、英語を含む他の言語には翻訳しにくく、そのために、(英語が美学理論の標準言語となったことに伴い) 今日ではその重要性を失いつつある。また日本では、西村清和が『現代アートの哲学』『遊びの現象学』等において、従来の美的仮象論は「現実に似ていること」を「現実を写し代理すること」と取り違える論理的誤りを犯してきたことを剔抉した。
 
これに対して、私がこの論文で行ったのは、美的仮象という概念を、その創始者であるシラーの美学理論 (主として彼の美学上の主著「美的教育書簡」第26書簡) に遡って再構成することによって、このような批判から救い出すことであった。私の理解するところでは、シラーのいう「美的仮象」は、現実に類似するもの (あるいは、現実を模倣するもの) でもなければ、現実を代理するものでもない、それはむしろ、可能性である限りの可能性の領野にかかわる。シラー美学理論は、芸術とは可能性を可能性として肯定するところに成り立つ、というすぐれた洞察を示している――私が本論文において主張したのはこのことである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小田部 胤久 / 2022)

本の目次

編者まえがき――「フィクション」と「世界」(樋笠勝士)

第一部 詩学的虚構論の系譜
第一章 古代弁論術の伝統とフィクションの起源 (堀尾耕一)
第二章 古代哲学における「観念的構想」の存在論的位置――ストア派とプロティノスにおいて (樋笠勝士)
第三章 〈理虚的存在〉ens rationisは虚構か?――中世から近世にかけての〈理虚的存在〉(山内志朗)
[コラム] アリストテレース『詩学』における上演効果の論点――メーイの解釈を補助線とする素描 (津上英輔)

第二部 複数世界論の系譜
第四章 複数世界と虚構空間――可能世界、不可能世界、実世界の交錯 (長尾伸一)
第五章 〈創造されなかった世界〉の論理――ライプニッツの可能世界論の前史として (桑原俊介)
[コラム] ジョルダーノ・ブルーノにおける無限宇宙と複数世界――神学的可能世界論の解 (岡本源太)

第三部 詩学的虚構論と複数世界論の交叉〔キアスム〕
第六章 バウムガルテンにおける認識能力論の再検討――認識と自由の問題に関する一考察 (津田栞里)
第七章 神と詩人の世界創造――J・P・ウーツの教訓詩「弁神論」における神学的可能世界論と天文学的複数世界論の交錯 (井奥陽子)
[コラム] バウムガルテンの「詩の哲学」(樋笠勝士)

第四部 詩学的虚構論と複数世界論の交叉〔キアスム〕の行方
第八章 美的仮象論の成立過程――カントからシラーへ (小田部胤久)
第九章 複数世界の論理的構成――エミル・ラスクのカテゴリー論とカントの超越論論理 (大橋容一郎)
第一〇章 詩におけるイデアの直観とは何か――ショーペンハウアーの詩学と「生のイデア」(高橋陽一郎)

第五部 虚構世界論の現代的展開
第一一章 「この世界への信仰」を騙る「仮構」――ドゥルーズ哲学における非–可能世界的な虚構の問題 (内藤 慧)
第一二章 虚構内言明のパズル――フレーゲ的対象概念から (松本大輝)
[コラム] 虚構世界の真理と解釈|河合大介

編者あとがき (樋笠勝士)
索引 (人名・事項)

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