本書は「西洋の美学・美術史」と題された放送大学における講義のための印刷用教材であり、前半を私が、後半を美術史家の宮下規久朗氏が担当している。もちろん、西洋の美学・美術史を一冊で論じきることは不可能である。それほどに、主題は多岐にわたり、論じるべき事柄は多い。しかし、まさにそれゆえに、西洋の美学・美術史の基本的な視点を呈示し、西洋の美学・美術史を今後さらに専門的に学ぶための羅針盤ともなるべき書物の必要性は大きい。こうした課題に応えるべく、著者は従来の概説書ないし入門書 (その中には名著として読み継がれているものも多い) を参照しつつも、そこからいったん自由になり、西洋の美学・美術史を独自の仕方で再構成しようと努めた。以下に掲載されている目次を見ていただければわかるように、編年体の論述を避け、主題ごとに章を構成し、各章に相対的な自立性を持たせるとともに、各章の論述のうちに西洋の美学・美術史の歴史的展開を織り込んだ。これは、歴史的事実の集積としてではなく、事柄ないし事象のまとまりとして西洋の美学・美術史を理解してもらいたい、という著者の願いを反映したものである。ここでは私の担当した前半8章について簡単に触れておこう。
そもそも美学とは何か。この問いに答えるために、誕生してからなお300年を経ていない美学がいかなるものとして自らを規定してきたのか、この点にまず注目する。この検討をとおして、美・感性・芸術という3つの主題がさまざまに絡み合うところに美学という学問が存立することが明らかにされる (第1章、第2章)。そこで、第3章以下では、美、感性、芸術という3つの主題を順次取り上げる。ちなみに、美学とはたしかに西洋近代の所産ではあるが、しかしその創始者バウムガルテンが古典古代から伝わったさまざまの理論 (とりわけキケロ、クィンティリアヌスに代表される弁論術) を踏まえながら議論を展開していることが示すように、美学的思考は古代ギリシアから連綿と続く西洋の思考と密接に結びついている。そこで私も本書において、古代ギリシアから21世紀にいたるさまざまな美学的思考を検討対象としている。
第3章、第4章では、美を快、ならびに知覚とのかかわりにおいて論じるが、その際参照するのはプラトン、アリストテレス、カント、シラー、カッシーラーの所論である。第5章では、感性という主題を (具体的には、崇高、優美、特性的なものといった) 美的範疇に即して論じるが、これは近代的感性のありかの探求である。第6章、第7章では芸術という概念の成立と変貌とを解明し、第8章では創作と解釈の位置を探る。
余り抽象的な思考は得意ではない、という向きには、第6章、第7章を先ず繙いていただきたい。芸術という観念はいかなる意味において近代の所産であるのかについて、新たな知見を織り交ぜて論述したつもりである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小田部 胤久 / 2023)
本の目次
1 美学の成立――感性的認識の学から芸術の哲学へ (小田部 胤久)
1 バウムガルテンによる美学の創始――感性=芸術=美の三位一体
2 カントの『判断力批判』――「美〔について〕の学」に代わる「美的判断力の批判」
3 芸術哲学としての美学――シェリングおよびヘーゲル
4 19世紀後半における新たな潮流
附論 見ることと描くこと
2 美学の展開――芸術作品の存在論、感性論、身体美学 (小田部 胤久)
1 ハイデガーによる「美学」批判
2 ベーメによる感性論としての美学――自然、生活の復権
3 シュスターマンによる身体論としての美学――プラグマティズムの展開
附論 〈として知覚すること〉と〈のうちに知覚すること〉
3 美――快とのかかわりに即して (小田部 胤久)
1 プラトン――原像への快、遊戯としての快
2 アリストテレス――活動に伴う快、悲劇に固有の快
3 カント――構想力と悟性の自由な活動と快
4 美――知覚とのかかわりに即して (小田部 胤久)
1 プラトン――美のイデア、見かけの像
2 シラー――美的仮象
3 カッシーラー――表面と深み
5 美的範疇――美の変貌 (小田部胤久)
1 崇高――近代的無限性への感性
2 優美――近代文明への批判
3 特性的なもの――近代的個への眼差し
6 芸術の成立――模倣する技術から美しい技術へ (小田部胤久)
1 バトゥー――美しい自然の模倣としての美しい技術 (芸術)
2 プラトン――模倣者 (いかさま師) としての画家と詩人
3 アリストテレス――模倣する術の体系化
4 プロティノス――自然の模倣にして理想化としての芸術
7 芸術の変貌――革新を支えるもの (小田部胤久)
1 芸術の逆説
2 新たなジャンルの成立――小説を例として
3 ジャンルの位置づけの変化――非模倣的な器楽を例として
4 アートワールドの変容――芸術の〈建て増し〉理論
8 創作と解釈――その循環構造をめぐって (小田部胤久)
1 古典的創作論
2 制作学的循環
3 解釈学的循環
4 意図と意図を超えるもの、無限の解釈
5 完結した/していない全体、変化する全体
附論 ダントーのボルヘス、メナールのノヴァーリス
9 聖像と偶像――宗教美術の始まり (宮下規久朗)
1 聖像と聖体
2 イコノクラスムとカトリック改革
3 「美術の時代」以降の宗教美術
10 母と美術――信仰を育んだイメージ (宮下規久朗)
1 聖母の起源とイコン
2 聖母図像の広がり
3 近代の聖母像
4 聖母像の意味
11 幻視と召命――キリスト教美術の本質 (宮下規久朗)
1 顕現と幻視
2 法悦とバロック的空間
3 召命と救済
4 回心の劇場
12 死と追悼――墓と記念碑 (宮下規久朗)
1 死の荘厳化
2 疫病と記念碑
3 20世紀における死の表象
13 飲食と食材――風俗画と静物画 (宮下規久朗)
1 飲食と美術
2 静物画の誕生と展開
3 近代の静物画
14 性と裸体――ヌードの歴史と意味 (宮下規久朗)
1 西洋の裸体観
2 ヌードの機能と歴史
3 近代以降のヌード
4 日本のヌード
15 自然と人間――風景画と自然表現 (宮下規久朗)
1 風景画と山水画――東洋と西洋
2 風景画の成立――古代から近世
3 近代の風景画――ロマン主義と愛国主義
4 20世紀の自然表現――ランド・アートと景観
参考文献
索 引
関連情報
「西洋の美学・美術史 ('24)」 (放送大学YouTubeチャンネル 2024年2月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=7yDs6v4wJ5Y
放送大学番組表
「西洋の美学・美術史第1回」 (講師: 小田部胤久 2024年4月6日12:45【土曜日 12:45~13:30】)
https://bangumi.ouj.ac.jp/v4/bslife/detail/15593701.html