東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

青い表紙にタイトル

書籍名

太宰治論

著者名

安藤 宏

判型など

1218ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年12月17日

ISBN コード

978-4-13-080068-6

出版社

東京大学出版会

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太宰治論

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太宰治は日本の近・現代文学を代表する小説家で、世界60カ国以上で翻訳されている。中学、高校の国語の教科書にも多くの作品が掲載されて親しまれており、また、代表作の『人間失格』は今でも年に数十万部が売れ続けている隠れたベストセラーである。本書はその太宰治について、著者の数十年にわたる研究成果を集大成した研究書。分量は1200ページを越え、全40章、48個のコラムからなっており、その文学の特色と魅力が多角的に明らかにされている。
 
構成は「序」と第I部~IV部からなる。「序」は本書全体の見取り図が評論風のスタイルでまとめられているので、まずこの部分を読むことによって本書全体の論旨を一望することができる。第I部は、太宰が小説家になるまでの歴史的社会的背景が、伝記的事実の検討を通して明らかにされている。第II部は第一創作集『晩年』の内容が詳細に論じられている。『晩年』は文学的に極めて高度な達成を示しており、本書は太宰文学の最高峰に位置するこの作品に関し、特に外国文学の影響、同時代の世界的な文学動向との関係を重視して検討が進められている。第III部は、『晩年』の作者がその高度な達成ゆえに背負わなければならなかった課題、あるいはその後の挫折から自身の文学を再建していく過程がたどられている。また第IV部は、第2次世界大戦下にあって、太宰がどのように国家総動員体制に向き合い、独自の語りのメカニズムを構築していったのか、またそれゆえに戦後、なぜその文学が自壊の悲劇をたどることになってしまったのか、というプロセスが解明されている。
 
全体を貫く着眼点は、太宰治文学独自の「時代錯誤 (アナクロニズム) 」である。一例を挙げるなら、地方の大地主に育った彼は、旧民法下の家族制度を忠実に内面化して育ち、ついに最後まで、戦後の新民法のうたう、「平等な家族」の理念を手にすることができなかった。しかしそれゆえにこそ、その苦悩を通し、我々は近代家族制度自体の持つ本質的な課題を知ることができる。個人はみずから独創的であろうとしてこれを実現するのではなく、多くの場合、時代に身丈を合わせようとして、それがかなわぬ不適合を通し、はからずも時代に異彩を放つことになる。結果的にそのアナクロニズムが時代の最先端の表現を生み出していく興味深いパラドックスを通し、近代文学全体の見取り図、並びに近代文化論、近代社会論を展開している点に本書の特色がある。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 安藤 宏 / 2022)

本の目次

序 太宰治の時空間
 
第I部 揺籃期
 
第一章 「百姓」と「貴族」
 コラム1 新出史料・津島家関係文書
 コラム2 生い立ち
 コラム3 津島家の女性たち
 
第二章 〈自尊心〉の二重構造
 コラム4 回覧誌「星座」と阿部合成
 コラム5 中学時代の直筆資料
 コラム6 「青んぼ」の時代
 
第三章 〈放蕩の血〉仮構
 コラム7 「細胞文芸」について
 コラム8 草創期の映像文化
 コラム9 新派・新劇の影響
 コラム10 ノートの落書き ―― 高校編
 
第四章 「哀蚊」の系譜
 コラム11 浄瑠璃語りの影響
 コラム12 習作期の詠草
 
第五章 津軽と東京と ――〈二百里〉の意味するもの
 コラム13 津軽文壇の状況
 
第II部 『晩年』の世界
 
第一章 習作から『晩年』へ
 コラム14 非合法活動
 
第二章 『晩年』序論
 
第三章 山中の怪異――「魚服記」論
 
第四章 回想という方法――「思ひ出」論
 コラム15 文壇デビュー(1)――「海豹」前後
 
第五章 寓意とはなにか――「猿ケ島」「地球図」論
 
第六章 自殺の季節――「道化の華」論
 コラム16 アンドレ・ヂイド『ドストエフスキー』
 コラム17 「道化の華」四題
 
第七章 自意識過剰と「死」の形象
 
第八章  「小説」の小説――「猿面冠者」論
 
第九章 詩と小説のあいだ――「玩具」論
 
第一〇章 散文詩の論理――「葉」論
 
第一一章 『晩年』と”津軽“――「雀こ」ほか
 
第一二章 転向・シェストフ・純粋小説
 コラム18 文壇デビュー (2)――「鷭」「青い花」
 コラム19 「彼は昔の彼ならず」
 コラム20 井伏鱒二との”共働“―― ナンセンスの系譜
 
第一三章 〈嘘〉をつく芸術家 ――「ロマネスク」論
 
第一四章 現実逃避の美学 ――「逆行」論
 コラム21 「陰火」―― 幻想小説としての「尼」
 コラム22 演劇との関係(昭和三―一四年)
 コラム23 『晩年』の刊行
 
第III部 中期の作品世界
 
第一章 ”罪“の生成――『晩年』の崩壊
 
第二章 「太宰治」の演技空間――「ダス・ゲマイネ」を中心に
 コラム24 ”芥川賞騒動“前後――佐藤春夫との関係を中心に
 
第三章 第二次“転向”の虚実――未定稿「カレツヂ・ユーモア・東京帝国大学の巻」を中心に
 コラム25 キリスト教の受容
 
第四章 〈懶惰〉の論理――「悖徳の歌留多」から「懶惰の歌留多」へ
 コラム26 荻窪というトポス
 
第五章 〈自己〉を語り直すということ――『愛と美について』論
 コラム27 石原家
 
第六章 「生活」と「芸術」との齟齬――「富嶽百景」論
 コラム28 美知子夫人と「太宰治文庫」
 
第七章 「女生徒」の感性
 
第八章 女がたり
 コラム29 「千代女」と「生活綴方」運動
 コラム30 映画とのかかわり
 
第九章 「小説」の条件――「女の決闘」論
 コラム31 画家・版画家たちとの交流
 コラム32 「善蔵を思ふ」と棟方志功
 
第一〇章 メロスの懐疑――「走れメロス」論
 
第一一章 太宰治と”東京“――「東京八景」を中心に
 コラム33 「新ハムレット」の舞台化
 
第IV部 戦中から戦後へ
 
第一章 戦中から戦後へ
 コラム34 戦争の影――三田循司のことなど
 
第二章 蕩児の論理――「水仙」「花火」
 コラム35 二人の女性画家
 コラム36 「右大臣実朝」――原稿を中心に
 
第三章 「津軽」の構造
 
第四章 翻案とパロディと――「新釈諸国噺」論
 コラム37 『惜別』執筆関連資料から
 コラム38 「お伽草紙」の本文
 
第五章 「八月一五日」と疎開文学
 コラム39 「パンドラの匣」とGHQ
 
第六章 〈桃源郷〉のドラマツルギー――「冬の花火」と「春の枯葉」
 コラム40 新劇とのかかわり――戦後を中心に
 
第七章 戦後文学と「無頼派」と
 コラム41 戦中、戦後の三鷹
 
第八章 戦後の女性表象――「ヴィヨンの妻」を中心に
 
第九章 「斜陽」における”ホロビ“の美学
 コラム42 「斜陽」執筆の背景
 コラム43 伊豆というトポス
 
第一〇章 「悲劇」の不成立――「人間失格」論
 
第一一章 関係への希求――「人間失格」の構成
 コラム44 信仰と文学と
 
第一二章 「人間失格」の創作過程
 コラム45 草稿研究の課題
 
第一三章 最晩年の足跡
 コラム46 「井伏鱒二」への想い
 コラム47 「志賀直哉」への抵抗
 コラム48 肖像写真

関連情報

受賞:
日本学士院賞 受賞 (日本学士院 2024年3月12日)
https://www.japan-acad.go.jp/japanese/news/2024/031201.html#003

書評:
滝口明祥 評「文学史的な視野のもとに太宰治を位置づける ――「テクスト論」以降の文学研究の潮流に対するアンチテーゼを見て取ることも可能」 (図書新聞 2022年5月21日号)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3543
 
沼田典子 評「太宰研究 40年の集大成」 (東奥日報 2022年2月11日)
 
金子拓 評「「かぶれ」極北の重み」 (読売新聞 2022年2月20日/2022年2月25日オンライン)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20220221-OYT8T50043/
 
自著紹介:
「文学研究の醍醐味 ――『太宰治論』を上梓して」 (東京新聞 2022年6月21日夕刊)

「太宰治という迷宮 (ラビリンス) ――『太宰治論』を執筆して」 (東京大学出版会note 2021年12月28日)
https://note.com/utpress/n/n9a57b42b9bc0 

紹介記事:
「安藤宏・東大教授の40年以上にわたる研究の集大成」「太宰の作家論の決定版」 (読売新聞 2022年3月10日)

関連記事:
「普遍につながる問い 太宰治研究30年 安藤宏さん (東京大教授)」 (東京新聞Web 2021年4月17日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/98756

関連イベント:
「太宰治と近代作家たち ―― 芥川龍之介・川端康成・志賀直哉」 (昭和女子大学 2022年11月16日)
https://content.swu.ac.jp/nichibun-blog/2022/07/13/i-8-2/

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