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白い表紙に赤い雲のような模様。岩波新書のトレードマーク

書籍名

岩波新書 「私」をつくる 近代小説の試み

著者名

安藤 宏

判型など

224ページ、新書判、並製

言語

日本語

発行年月日

2015年11月20日

ISBN コード

978-4-00-431572-8

出版社

岩波書店

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

「私」をつくる

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本書は高校生、大学生、ひいては一般読者を対象にした、日本の近代小説の入門書である。ただし作家、作品、文学史を網羅的に示した教科書ではない。近代小説の表現上、文体上の特色に着目し、日本の近代小説の特色が見えてくる重要なポイントを、大づかみに、わかりやすく提示した書である。
 
本書の特色は、日本語の特徴として、叙述の背後に一人称「私」が潜在しており、その「私」が小説世界でさまざまなパフォーマンスを展開している、と考えてみることによって、小説の解釈にあらたな視点を提示した点にある。さらにはそれを通し、日本語の小説表現におけるいくつかの法則について、興味深い指摘がなされており、それを通し、読者は近代の日本語表現の特色を考える、重要なヒントを手にすることができるであろう。
 
日本は近代以降、西洋の影響を受けて、ジャンルとしての小説の内容が大きく変化した。一つには、話し言葉と書き言葉の一致をめざす「言文一致」運動によって文体が大きく変わったという経緯があり、またもう一つには、あらたに「人称」の概念が入ってきたことにより、小説の視点を日本語でどのように設定するかをめぐり、さまざまな試みがなされてきたという経緯がある。本書はこうした表現論的な観点から、日本の近代小説の歴史と展開をわかりやすく解説している。
 
日本の近代小説の特色に、作者が自分の実生活を報告する「私小説」が多いことがあげられる。この点に関してはこれまでにも、その評価をめぐってさまざまな議論が展開されてきたが、本書では独自の立場からその再評価が試みられている。読書はこれによって、これまで「私小説」について何が問題にされてきたのか、あるいはまたその議論のされ方自体にどのような問題があったのかを理解することができるであろう。
 
本書には、夏目漱石、森鴎外、志賀直哉、太宰治などの、近代を代表する小説家の代表作がふんだんに引用され、また、その作品解釈について、あらたな提案がなされている。読者はそれを通して、日本の近代小説の魅力をあらためて理解することができる。その意味でも、本書は文学研究の入門書であると同時に、小説の読み解き方を具体的に教えてくれるガイドブックとしての役割を果たすものである。
 
なお、本書は、同じ著者による『日本近代小説史』と合わせ読まれることによって、より理解が進むことになるであろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 安藤 宏 / 2017)

本の目次

第一章  演技する「私」― 近代小説の始まり、二葉亭四迷の実験
第二章  「私」をかくす ―「三人称」のつくり方、夏目漱石の試み
第三章  「あなた」をつくる ― 読者を誘導する仕掛け。志賀直哉と太宰治
第四章  「私」が「私」をつくる ― 回想の読み方、つくり方
第五章  小説を書く「私」― メタ・レベルの法則、『和解』を書いているのは誰か?
第六章  憑依する「私」― 幻想のつくり方、泉鏡花、川端康成、牧野信一の世界
第七章  「私たち」をつくる ― 伝承のよそおい、『芋粥』の中の文壇
第八章  「作者」を演じる ―「私小説」とは何か
 

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