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クリームイエローの表紙

書籍名

韓国近代小説史 1890-1945

著者名

金 栄敏 (著)、 三ツ井 崇 (訳)

判型など

432ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年8月25日

ISBN コード

978-4-13-086060-4

出版社

東京大学出版会

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韓国近代小説史 1890-1945

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本書は、大韓民国 (韓国) の国文学研究者、金栄敏 (キム・ヨンミン) 氏の著作、『文学制度および民族語の形成と韓国近代文学 (1890-1945)』(ソミョン出版、2012年) の翻訳である。邦題は『韓国近代小説史 1890-1945』となっているが、一般的な「小説史」のイメージとは少し異なるかもしれない。近代朝鮮における「小説」というジャンルを自明視せず、その制度(メディア・作家・読者)・言語(表記・文体)・様式(「小説」概念・叙事類型)の変遷・成立過程に注目して歴史的背景を踏まえて位置づけ直したものである。
 
朝鮮が近代社会に移行するなか、物語文学のあり方も変化していく。その変化の要因は、ハングル(朝鮮文字)の公用化、近代化の啓蒙という社会的課題、そして、それらの受け皿となるメディア(新聞・雑誌)の誕生、作家名の実名表示化や著作の権利の確立、読者参与の形態の形成などにあった。そして、これに伴い「小説」が定着していくのである。とくにメディアの形成と言語・文字(朝鮮語・ハングル)選択という要素は、近代的な意味での「小説」の確立の上で重要視されるが、本書はそれに至る過程を過渡期的状況も含めて丁寧に説明している。
 
本書で重要視されているのは言語と文字の問題である。近代朝鮮は、前近代の公式言語(文字)である漢文(漢字)から、朝鮮語(ハングル)へと出版語が変化していく時期である。しかし、一方で、日本の勢力の侵入を背景に、日本語(かな/カナ)の影響も受ける。そのような多言語状況でさまざまな表記・文体が形成される。また、口語の「国語/民族語」化という過程で、小説の文体にも変化が訪れる。そして、それはどのバリエーションが一般読者にとってふさわしいかという読者との関係を想定したものであった。「小説」はこのような葛藤と模索の上に成立していったのである。そして、著者は、このような流れを実証的に解き明かしたうえで、長編小説の形成を朝鮮における「小説」の成立の重要な段階としてとらえた。
 
本書が投げかけているのは、朝鮮における文学、とりわけ小説史における「近代」とは何かという問いである。重要なのは、「近代的小説」というときしばしば想定されるのが、西洋式近代小説=novelであるということだが、本書の試みはそのような西洋近代をあらかじめ措定するのではなく、朝鮮文学史の文脈に沿って問い直そうというものであった。幅広い資料の活用と分析を通したこのような試みからは、朝鮮だけではなく日本や中国といった東アジアの文脈で近代小説の成立をあらためて考える可能性が開かれているように思う。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 三ツ井 崇 / 2022)

本の目次

日本語版への序
 
第一部 近代的文学制度の誕生と文化地形図の変化
 
第一章 近代メディアの誕生と「雑報」および小説の登場
      1 『朝鮮新報』と『漢城旬報』の紙面構成
      2 『漢城新報』と「雑報」欄の活性化
      3 『大韓毎日申報』と「小説」欄の活性化
      4 近代雑誌の出現と「小説」欄の定着
 
第二章 近代作家の誕生と著作の権利
      1 近代作家の誕生
      2 出版の慣行と著作の権利
 
第三章 近代読者の形成と創作参与制度の定着
      1 近代メディアの読者参与と投稿叙事物の出現
      2 読者創作参与の制度的定着過程
 
 
第二部 近代民族語の形成と近代文学の文体の定立
 
第一章 国漢文体およびハングル体の登場
      1 一九世紀における朝鮮政府の国漢文およびハングル使用政策とその影響
      2 知識人の国漢文およびハングル使用の意志と意味
 
第二章 近代メディアの言語選択とその意味
      1 新聞の国漢文体およびハングル体使用とその意味
      2 雑誌の国漢文体およびハングル体使用とその意味
 
第三章 近代的表記法の多様化とハングル小説の定着過程
      1 近代啓蒙期の文体類型と多様な表記の類型
      2 近代啓蒙期ハングル小説の定着過程
 
 
第三部 近代叙事の展開と小説様式の変移
 
第一章 新小説概念の変化と文学史的意味
      1 普通名詞としての「新小説」
      2 固有名詞としての「新小説」
      3 新小説の様式化
      4 新小説類の単行本の作家と作品
 
第二章 短編小説の登場と叙事類型の多様化
      1 短型叙事文学の登場と展開
      2 短編小説という用語の登場
      3 近代短編小説の定着と発展
 
第三章 叙事の長型化と近代長編小説の展開
      1 連載叙事の出現とその長型化
      2 近代長編小説の出現
      3 新聞小説の展開と長編小説の定着
      4 近代雑誌と長編小説の展開
 
終 章 制度・言語・様式の地形図
      1 文学と制度
      2 メディアと小説
      3 ハングル・文体・小説
      4 小説という様式
 
訳者後記
 

関連情報

書評:
影本 剛 評 (『韓国朝鮮の文化と社会』20巻 2021年10月15日)
http://www.fukyo.co.jp/book/b594914.html
 
和田とも美 評「小説が創出されて読者に届く仕組み――書誌学的アプローチによって小説をリスト化して提示しつつ、単行本、新聞、雑誌などの出版媒体別に、どのような作品が発表されたか」 (『図書新聞』第3480号 2021年1月23日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3480
 
崔泰源 評 <本の棚> (『教養学部報』第623号、2020年12月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/623/open/623-02-3.html
 
原著:
金栄敏『文学制度および民族語の形成と韓国近代文学 (1890-1945)』 (ソミョン出版、2012年 [韓国])
 

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